とめどない、とめどない、とめどないおもいを
-だれかが あなたを おもってる-「どうしてあたしが持って行かなきゃならないのよ?」
「仕方ないじゃない、唯ちゃん…なんならあたし1人で行くわよ?」
「いーえ、郁彦おにーさまに、直接文句の一つも言ってやらないと、気がすまないわっ」
市立総合病院、5階病棟。
act.10 》吉川唯と吉川舞
『おだいじに』
休み時間に怪我をして、そのまま病院に運ばれ、入院となってしまった兄の着替えを持ってきた2人の妹。母親は、職場から病院に直行しているはずで、父親はまだ仕事だ。
「文句って言っても、郁彦兄さん、意識ないって言ってなかった?唯ちゃん」
2人は一卵性の双子の姉妹であるが、見分けがつかない程似ているということでもない。
「アタシの文句聞いたら起きるわよっ!」
髪型のせいもあるだろうが、それよりも2人は性格が全く違い、そのことが、雰囲気となって現れているようで。
姉の唯は、気が強く、派手好き、新しいもの好き。対する妹の舞は、おっとり、おとなしく、洋服などもモノトーンを好む。同じ遺伝子を持ちながら、よくぞここまで違うものだ、というのが、この双子だった。
「528、ここね」
電話で伝えられた病室へと入ると、母親と、兄の担任がベッドの横に座って話していた。
「にーさんっ!いつまで寝てるつもりなのよっ!」
「唯ちゃん、ここ病院よ」
いきなりずかずかと病室に入って行って、声を張り上げる唯。
「おやおや、ずいぶんやかましいのが来たみたいだな」
唯ちゃんは、『なんでもわかってますって顔で笑う、3Aの都築先生が嫌いだ』と、いつも言っている。
「やかましいって、どういうことですか、先生っ?」
「唯ちゃん」
母親と、持ってきた兄の着替えを確認していた舞が止める。
「兄さんは、どうなんですか?」
「CTの結果、脳には異常なし。ただ、頭打ってるからな、しばらく様子見」
学校から付き添ってきた都築先生が教えてくれた。
(兄さん、大丈夫かしら…)
ベッドの上で、眠っているだけのようにも見える兄を覗き込んでみつめた舞。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。若いんだから、そう簡単に脳の血管なんて切れやしないよ」
都築先生が優しく肩を叩いてくれた。
「あら、それは医者の言葉なんですかっ?先生!」
「もちろんそうだよ」
さっきから、あんな口調だけど、唯ちゃんだって、本当はすごく、兄さんが心配なんだって、私にはわかる。
「私は学校に戻らせてもらいます」
都築先生が言って、私と母は、病室の外まで見送りに出た。
「おやおや、うるさいのがまた来たようだ」
都築先生が気付いた見舞い客に、私達も気付く。そこへ来たのはいとこの将大兄さんと、篤良叔父さん。
「先生っ!…多香子伯母さん、舞、郁彦の状態は?」
部屋の番号を確認しながら歩いていた将大兄さんは、私達に気付くと廊下を走ってきた。
「脳には異常ナシだ」
都築先生が答え、2人と一緒にまた、病室に戻ると、見送りに出なかった唯ちゃんが1人、ベッドの横に座って郁彦兄さんの手を握っていた。でも、あたしたちに気付くとすぐに離れてしまって。
「先生帰ったんじゃなかったの?」
また憎まれ口を叩く。
「あーら、将大おにいさま、相変わらず無駄にデカイわね」
「ゆ…唯…」
唯ちゃんの口調に、いつも押され気味の将大兄さん。たぶん、将大兄さんは、唯ちゃんの口の悪さと気の強さが苦手なんだろう。
「では、私は今度こそ帰ります」
都築先生が帰って行く。残ったのは身内だけ。
「多香子伯母さん、ごめんなさい、俺が…」
郁彦兄さんが怪我した時に、一緒に遊んでいたのは将大兄さんだと聞いた。
「大丈夫よ、怪我もたいしたことないそうだから」
あの将大兄さんが、今にも泣きそうなくらいへこんでいる。だから、母も、怒れないのだろう。遊んでいた中での事故ということもあるし。
「郁彦っ!!!」
その時だった。ものすごい勢いで病室に駆け込んできた1人の大人のお姉さん。
「あー、だから走るなって……失礼しましたぁ」
そのお姉さんの後ろから顔を出したのは、髪の毛を真っ黒に染めた、背の低い男の人。この人は見たことがある。確か、兄さんや将大兄さんの同級生だ。
2人は身内が集まった郁彦兄さんのベッドを見ると、来た時同様、一瞬で扉の外へ姿を消してしまった。男の人がお姉さんの腕を無理矢理引っ張って出て行く。
(今のお姉さんって、もしかして)
兄さんの彼女じゃないだろうか。
「おい、敦史」
将大兄さんが追い掛ける。やっぱりそうだ、その名前、聞いたことがある。
兄さん、なにしてるのよ?いつまで寝てるのよ?
みんな心配してるよ?なんでもないなら、早く目、覚ましてよ。
あんなふうに、血相変えて飛んでくる恋人、いるんじゃないのよ。
兄妹なのに、そういうことは話したことがない。男と女なのもあるかもしれないけど。
ホラ、唯ちゃんだって、いつもあんなに喧嘩ばっかりしてるけど、本当は兄さんのことが心配で心配でたまらないんだよ。
郁彦兄さんは、本当に静かに、眠っているだけみたいだった。
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