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とめどない、とめどない、とめどないおもいを

-だれかが あなたを おもってる-


下の息子、宗則の担任に声をかけられたのはたまたまのことだった。

act.05 》佐々木篤良
『千の祈り』


「どうしました?水野先生」
普段のんびりしているが、本当はなかなかのキレ者で、のんびり屋というのは、わざと作っているんじゃないかとすら思ってしまう水野邦直。

教師は敵だ!くらいは思っているだろう悪い生徒たちも、彼ののんびり口調で話しかけられると、敵意を削がれてしまうらしいからな。

「宗則君なんですけどね…このままだと、確実に出席日数が足りないんですよ」
ああ、その話か。

「それは本人が一番わかってるでしょう。いいですよ、出たくないモノを無理矢理出ろとはウチでは言ってませんからね」
「校長…」

もしも留年したとしたら。クラスで1人だけ歳が1コ上になってしまったら。いや、宗則のことだから、その前に気付いて、そんな恥ずかしい思いはしないだろう。上と違って、要領がいいからな、アイツは。

「校長から、父親として何とか言ってもらおうかと思ってたんですが」
読みが外れた邦直は困り顔だ。

「甘いのはわかってますけどね、ウチは好きにやらせようと思ってるんですよ。それに、単位が取れなきゃ留年するんだっていうのが、わからない程、ウチの子は馬鹿ではないと思ってますんでね」

親バカだって言われたって構わない。でも事実、宗則の頭は本当に良かった。あれだけ家に帰ってこないで、一体いつ勉強してるんだか。

(ん…今何か、思い出しかけた…?)
「あーっ、宗則っ!!」

そうだ、昨日帰って来なかったから言ってないんだった。今度の日曜日はお母さんの法事なんだぞって。先月言ったけど、絶対アイツなら忘れてる。しかも、意図的に忘れてる。逃げるために。

朝のホームルーム前の時間が10分残っているのを確認して宗則の携帯に電話をかけた。

『なんだよ、親父』
不機嫌そうな宗則の声。ずいぶん回り静かだけど、ちゃんと学校に来てるのか?

『ちゃんと学校来てるぜ?じゃ、俺忙しいから』
一方的に切られる電話。それから何回かけても下の息子は電話に出ない。仕方なく、3年生の長男に電話をかけた。こいつは真面目だから、教室にいるはずだ。

『どーした?親父』
ほら、案の定後ろがザワザワしてる。

「あ、昨日言った法事の件だけどな、宗則にまだ言ってないからな」
『アイツもう学校来てんのかァ?』
やっぱり同じことを考えてしまったらしい。

「学校にはいるみたいだが、忙しいとか言って電話切られたんだ」
『どうせ忙しいのはサボることに対してだろうけどなァ。いいぜ親父、たぶん屋上だからさ、俺から言っとくわぁ』

用事は長男に任せて電話を切った。ああ、宗則が1人息子じゃなくて良かった。あいつの行動パターンは、さすがに父親でも読めないからな。

「何をやっとるのだ?」
とりあえず電話は終わったため、また邦直先生と話していると、開けっ放しになっていた校長室の扉から、2A担任の水野桐志郎が顔を出した。自分と桐志郎は、古くからの友人だった。

まぁ、私学なのもあるかもしれないが、ここの学校は身内同士が多い。自分より少し上の年代の桐志郎の2番目の息子が邦直で、一番下の1人娘は現在3年A組にいる久苑だ。親同士の仲が良かったおかげで、同い年の久苑と将大は幼なじみ、宗則も良く一緒に遊んでもらった仲だ。今や下の息子の担任となった邦直も、幼い頃の宗則を知っているからこその、出席日数の話なのだ。昔は、本当にもう、大人しすぎて心配した程だったから。

「篤良、それはちょっと甘いのではないか?」
開けっ放しになっていた扉をわざわざ閉めてから、桐志郎が小声で言った。

「でも、本人にやる気がないのに縛っても仕方ないだろう?」
そのうち、やりたいことでも見つけてくれたら、自分からちゃんと、いくらでも勉強なんてするように思う。

「それが甘いって言うのだよ」
桐志郎が言うことももっともなのだが。

「いいじゃないか、他人を虐めるわけでもなく、犯罪に走るでもない。俺は、宗則はあれでいいと思ってるんだ」
「入学早々に喧嘩してたがな」
「あれは!相手の3年が悪いだろう?1年生相手に服装が派手で生意気だとか言って3人がかりだろ?私は家で『よくやった』と誉めてやったぞ?」
1対3で負けてないのだから。

「お前、絶対それはおかしいぞ?」
あきれ顔の桐志郎。

「宗則君は、煙草吸ってますよね」
邦直も口を出した。

「ああ、隠れて吸うくらいなら、家で吸えと言ってある。車だけは吸わせないけどなぁ」
どこまでも、世間とはズレた教育方針の篤良。しかし、家での教育方針はともかく篤良は校長だ。全校集会の時などは生徒達を前に真っ当な話をしていた。
「校長」としての教育方針と、「父親」としての教育方針がここまで違う人間も珍しい。

「それにしてもなぁ…、将大君は、あんなに真面目な子だというのにな」
それは、上と下を比較した時に、誰もが思うであろうコト。

「それがアイツらの個性だからいいんだよ」
手のかかる子ほどかわいいとは良く言ったものだ。でも、残念ながら、手のかからない上の息子だって、同じくらいかわいいんだ。妻に先立たれて以来、再婚なんてことは、一度も考えたことはない。

だから、あの子達には寂しい思いはさせてきたかもしれないけど。
うちの子なら大丈夫だって、お父さんが一番信じてるからね。


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