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第17話 生物準備室


「こんな時間に登校とは、いい度胸だなぁ、不良高校生3人組」
学校の校門を入ったところで声をかけてきたのは博俊。

「ってか、先生こそ何してンだよっ!!」
校門横の、植え込みの陰にベンチを持ってきて、横になっているその姿。それをよく知る、博俊の教え子の2人は、見て見ぬフリだ。

「授業がないからサボってるんだ。見ればわかるだろう?」
まだ、真夏程の暑さにはならない初夏の気温は、昼寝にはもってこい。

「俺らのこと言えねェじゃんか!」
ムキになって噛みつく宗則。

「ふふん、ならば話はじっくり聞いてやろう。そっち2人、6限目は出ろよ」
敦史と郁彦には、行っていい、と言うような仕種をみせる博俊。
逃げるように、2人はその場を去った。伊達に3年間博俊のクラスじゃないのだ。

「え…?俺…」
「さて。ここに座りなさい」
起き上がり、自分の隣を示す博俊。そしてそこに取り残されてしまった宗則。

「は…ハイ」
説教を覚悟して、縮こまる宗則は、おとなしく椅子に座った。

「別れたいみたいだぞ」
「へっ?」
宗則は、変な声を上げることしかできなかった。

「元はと言えば、向こうの浮気が原因。加えて教職に反対。だけど、ここへきて、急に別れを渋ってるらしい」
腕を組み、無表情のままの博俊の話には主語がない。だけど、それでも、誰の話をしているのか、わからないわけがなく。

「先生はさァ…なんで俺に味方してくれンの?」
宗則は、一番率直な疑問を投げかけた。しかし、博俊は眉ひとつ動かさない。

「おや?お前の味方をしたことなど、一度もないが?」
「あー、それはそれは、思い上がり、失礼しましたッ」
博俊のペースに、振り回されっぱなしの宗則。

「まー、女に手ェ出す奴より、不良高校生のお前の方がマシだと思ってるだけだな」
「せ…先生ッ?」
女に手を出す?どういう意味か、知りたくないような、聞くまでもないような。

「化粧で上手く誤魔化してるけどな。最低だ」
博俊の表情は全く変わらないが、その声色と口調から、相当怒っているのではないだろうか?と宗則は感じてしまった。

いや、怒っているのは、博俊だけではない。
「先生、俺さ…、今さ、スゲぇキレそーだァ」
どこの誰とも知らない、会ったことも、見たこともない相手たが。

「お前だけじゃないさ」
博俊の返事は、宗則の予想もし得ないものだった。

「言っておくが、俺は、逆『高校教師』を推奨してるわけではないぞ」
「先生、ソレ、古くね?」
すかさずボカっと、博俊の拳が、返事代わりに、宗則の頭に飛んでくる。

「痛ェ…先生、今の本気だろィ!」
殴られた頭を抱える宗則。

「だいたい、それ言うなら、『魔女の条件』だろィ」
ジロっと、下から博俊を睨みつけた。

「ほう。…これを貸してやろうかと思ったが、やめておこうか」
博俊の手の中から出てきて揺れている鍵。

小さなタグには、『生物実験室』と書かれている。もちろん、博俊が持っているということは、実験室の、準備室の鍵つきだ。

「か…借ります、借ります、借りますッ!慎んで、借りさして頂きますッ!」
「お前、日本語おかしいぞ」
くすくす笑いながら、それでも鍵を渡してくれる博俊。

「先行ってろ」
そう告げると、博俊はベンチから立ち上がった。

「先生、ありがとうッ!」
やっぱり味方なんじゃないか!と思いながら、宗則も立ち上がり、玄関へ向かって行った。

************

生物準備室に10台程並ぶ教師の机。
なんとなく、勝手に先生達の席に座るのは気が引けて、宗則は窓際に立っていた。

昨日とは、うってかわって晴天だ。ぼんやりと、空を眺めている。しばらく待っても、誰もその部屋を訪れない。

(待てよ?実は俺って、都築先生に騙されてて、このまま誰も来なかったらどーなんでィ?)
ちょっとした不安が頭をよぎる。もしも、他の理科系科目の先生が来たら?
そん時ゃ逃げるけどさ。

(まてまて、もしこれで、来たのが親父だったら、説教かぁ?)
一度始まった、マイナス思考はとどまることを知らないようだ。

でも、それで、最悪のパターンを全て考えてしまった後に、開き直れるのが宗則。

「どー転んでも説教なら、煙草でも吸いますか」
自分に言い聞かせるように、1人で呟くと、登校の途中で買ったばかりの煙草の包装を破いた。

灰皿は、博俊の机の上にあるから、問題はない。

「やっぱコレだよなぁ…」
敦史には、女みたいだと言われるバージニアスリム。メンソールで何が悪い。

一応窓を開けて、1人で煙草の時間を楽しんでいた時だった。まだあと半分くらい残ってる。

「都築先生、入りますよ〜」
ノックの音と声に続き扉が開く。反射的に、煙草を灰皿に押し付けたが、今の声は。

「あれ…宗則君…」
「杏奈先生…」
宗則は、心の中で、ガッツポーズをしていた。博俊先生って、やっぱり味方なんじゃん!!

「都築先生に呼ばれたんだけど…あ、宗則君、学校で吸ってる!」
灰皿で、まだ煙のくすぶっている煙草を目敏く見つけた杏奈。

「バレたぁ…?でも先生だったら、見つかったうちに入らねェや」
悪びれずに笑う宗則。

「でも、学校で吸うのは駄目っ」
「はーい」
返事をしながら、杏奈の顔を見つめた。

確かに、いつもより、化粧が濃いような気がする。だけど、一体何から話せばいいのかがわからない。お互い無言のまま、時間だけが流れていく。

「…都築先生から…なんか、聞いた?」
口を開いたのは杏奈の方。なぜ、杏奈は博俊に相談するのか、相談してるわけではないのか、それすら何と聞いたらよいのかわからない。

言葉に詰まって、宗則は無言のまま、頷いた。

「…心配させちゃってる?」
杏奈は、うつ向いたままの宗則を覗き込むように、静かに言った。

「あ、当たりメェだろィ!俺はッ…」
アンタが好きなんだぜ?

「ゴメンね」
杏奈の手が、宗則の頭をくしゃっと撫でる。

「謝んなよ!アンタが悪いわけじゃねェだろィっ!!」
怒鳴らずにはいられない宗則。その激しさに、杏奈はちょっと驚いたようだった。

「何で都築先生に話すのかは知らないけどさ、俺にも心配くらいさせてくれよ」
勢いのまま、杏奈の両肩を掴んで揺さぶる。

「やっ…宗則君…」
身体をよじって、逃げる杏奈の目は、驚く程に怯えていた。

「…あ、ごめん…」
慌てて手を離す宗則。

「ごめんなさい…、アタシ…」
そう言えば、都築先生の話だと、手を上げられたとか手を出されたとか。
もしかしたら、一時的に男が恐いのかもしれない。

「俺は、何にもしないぜ」
ゆっくりと、杏奈に近付いてゆく。

「杏奈を傷付けるようなことは、絶対しない」
そっと、手を取ると、彼女は逃げなくて。
そのまま、頭の後ろに腕を回してそっと、抱き締めた。

「都築先生にちょっと聞いたんだけどさ…俺とあの人が、どれだけキレてるか、わかってるか?」
博俊が、どうしてそこまで杏奈を気にかけるのかは、想像もできないが。

「ごめんね。都築先生には…前から知ってるから、どうしても話しやすくて」
「え?」
目を丸くして、まじまじと杏奈を見つめてしまう宗則。
きっと今、すごくマヌケな顔をしているに違いない。

「あれ?聞いてないの?あたしもここの学校の卒業生なんだよ?3年間、都築先生のクラス」
「はィい?」
それならそうと、あの人も言えば良いものを。

「全ッ然、初耳」
「そうだったんだァ、先生らしいね」
杏奈は優しく微笑んだ。

「あの人って、そんな昔から、極悪なワケ?」
「極悪じゃないよォ!どんな問題児でも、絶対投げ出さないの、あの先生だけだよォ」
そう言われてみれば、そうかもしれない。
自分にしろ、敦史にしろ、郁彦にしろ。

「杏奈も問題児だったりして」
「それは秘密」
杏奈の腕が、宗則の背に回って、ぎゅっと力が入った。

「杏奈がいいなら、俺はいつでも暴れられんだけど」
「暴れるって…」
ちょっと困った顔の杏奈。

「安心しろィ、俺は兄貴と敦史以外には負けたことないんだぜィ」
それは本当。それに、兄の将大に最近は、ほぼ互角の勝負。

「大丈夫よ、あたしも殴り返しちゃう方だからッ!」
ガッツポーズを作って見せる杏奈。

「やめろよ、だからお前…」
腕を下ろさせる。こんな細い腕じゃ、男になんて勝てるはずがない。

「そういうことは、俺が担当してやるよ…っていうか、俺より先に、キレちゃってる人がいるんだけどね。…なァ、先生」
宗則が声をかけたのは扉の向こう。
2人が入ってきた廊下ではなく、隣の生物実験室へと続いている方のドア。

「バレたか。お前なかなか鋭いな」
扉を開けて入ってきたのは博俊だった。

「当たり前でしょー。入学以来、そうやって追い掛け回されてンだから」
「相変わらず人聞きの悪い言い方だな」
あっけにとられたのは杏奈の方である。

「だって事実だろィ?んで、わざわざ俺使って、ナニ企んでんだよ、先生」
博俊のペースに慣れてきた宗則。いつでも出れる場所にいたということはそうなのだろう、と宗則はカマをかけた。

「プライベートに首を突っ込みたくはないんだがな。俺は今回本気でキてる」
「先生…」
あまり表情が変わらない博俊の内側に、いったいどれだけ激しい感情が隠れているのか。

「お前を殴ったこと、その男に後悔させてやるまでさ」
不敵な笑み。

(いや、先生…もう、俺なら、その顔見ただけで後悔しまくりですからぁッ)
宗則と杏奈は、かなりビビりながらも、博俊の案を聞いた。

「みんなで杏奈の所に張り込もうか」
「はい?」
「え?」
博俊の、突拍子もない話に、2人ともポカンと口を開けてしまう。

「どうせお前の家に男来るんだろう?待ち伏せて、痛い目に遭わせてやるさ」
博俊の声は静かだが、あまりにも過激な発想に、宗則はチラと杏奈を見た。

「みんなの意味わかんないっす!それならさァ、先生と俺だけで良くね?」
「ああ、実は次の都大会なぁ、杏奈のトコから近いんだ」
飄々と応える博俊の口調には、有無を言わせないものがある。

「なんだよそれ!アンタの都合じゃないかっ!」
それでも、宗則は口を出した。

「駄目か?でも、杏奈のトコ3Lだろ?」
3LDK?なんでそんな広いところに?もしかして1人暮らしじゃないのか?いや、それでは話が噛み合わない。1人暮らし前提だからこそ、暴力彼氏が我が物顔で来るってことじゃないのか?

宗則の片寄ってしまった頭では、そうとしか考えられなかった。

「杏奈って、金持ち?」
宗則は率直に聞いた。

「違うわよ!郊外だからよ!…ウチ、本当に田舎だから、ビックリするよ」
もちろん、そんな場所に住んでいるのは、大学に通学しやすいから。普段杏奈は、自転車で通学しているらしい。

「博俊先生、その話、賛成だけど、みんなで泊まったりして、翌日に響かないかしら?」
みんなで合宿状態になって、翌日のために素直に寝るはずがない。更に、そこに、杏奈の彼氏が訪ねてくれば、一悶着起きるのは当たり前と来ている。と言うか、そっちが目的だったりするわけだし。

「大丈夫じゃないか?都大会に出るのは、将大と久苑と亮太だけだからな。あとは応援。嫌なやつは別に、翌朝家から来てもいいし」
博俊は呑気に応える。

宗則は真剣に考えた。将大はいい、放っておいてもいつの間にか寝てるだろう。久苑もしっかり者だから、翌日のことを考えてちゃんと寝るに違いない。亮太は…知らない。と言うよりは、どうでもいい。それに、博俊が来る以上、しかも杏奈絡みとなったら、絶対来るに決まっている。

「杏奈がいいなら俺は賛成」
あくまでも、家主のOKさえ出ればというスタイルの宗則。

「あたしは賛成。なんか楽しみね」
それを聞いて安心したのか、博俊もほっとした表情だ。

「それじゃあ、今日の練習の後にみんなに言うか」
博俊は、煙草に火をつけながら自分の席に座った。

「まー、そういうことだから、宗則、6限サボるなよ」
もうすぐ5限目の終了を告げるチャイムが鳴る時間。

「杏奈は手伝ってくれ」
博俊がプリントの束を仕分けしている。

「わかりました」
その仕分けを手伝い始める杏奈。

「じゃあ、俺は行きますわァ」
仕事を始め、教師の顔に戻った2人を前にしては、宗則の出る幕はない。宗則は、準備室を出た。廊下を1Aの教室に向かって歩いていると、5限の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。














自分ツッコミ

ちょっと間が開きました。
だから、なんか後半のテンションが、ちょっと低いかも…ιιι
何も考えずにダラダラ始めたわけですが、そろそろ、一旦締めの方向に持って行こうと思ってます。

宗則は暴れることができるのかっ!?
(暴れさせたいのかよι)

なんとなく最後は見えてきてるので!

























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