■樹氷 ■蛍火 ■鶺鴒 ■浅葱

 □title list□
 ※水色部分にカーソルを合わせると
 メニューが出ます

第3話 デートとバイト


沙羅を待つまでの時間が余ってしまった宗則は、図書室にいた。
一度、本を読み始めると、時間の経つのを忘れてしまう宗則だが、ここなら安心だ。
5時半に閉館だから、きっちり追い出してもらえるはずである。

「なんかないかなぁ?」
はっきり言って宗則は、読書家だった。小さい頃、身体が弱かったせいで、本ばかり読んで過ごしていた。有名どころの文学なんて、ほとんど読み尽くしてしまっている。

「やっぱ時間潰しといったら、雑誌でいいかな」
1人ごとをつぶやきながら、適当にファッション誌と音楽雑誌を手に取る宗則だった。

************

「悪ィ、沙羅!!遅くなった!」
教室に駆け込むと、1人健気に待っていた沙羅。もし自分が、約束を忘れて帰っていたら、一体何時まで待つつもりだったのだろうか。

「大丈夫よ。むね君の鞄があったし、外靴もあったから、まだ校内にいるんだと思って」
沙羅は、気にしてないというように、柔らかく微笑んだ。図書室は5時半に閉館のはずだった。しかし、図書委員は、すっかり眠ってしまっている宗則を起こさず、国語担当でもある担任の水野に起こされたのが6時。
「お前さん、いい加減起きて帰んなさいよ」
いつも通りの、あの、のんびりとした口調で言われては、怒る気にもならなかった。
図書室を出たところで、ようやく沙羅との約束を思いだし、4階までダッシュで上がってきたというワケで。

「ホント悪ぃ。沙羅ちゃんち、門限大丈夫か?」
「電話しておけば、8時くらいまでは大丈夫だけど…」
8時!なんて健全なんだぁ!と宗則は、自分の家を思い浮かべていた。

「じゃあ、ついでに飯食って帰んね?待たせたから、おごっちゃるよ」
「むね君、おこずかい、大丈夫なの?」
「大丈夫だぜィ」

本当は、わざわざ兄にたかりに行かなくても大丈夫な宗則である。小さい頃から母親がいない分、父親は、家では別人のように子どもに甘い。

加えて、時々こっそり行くバイト。
余程の無駄遣いでもしない限り、宗則はご飯代くらいで困ることはないのだった。
2人で階段を降りながら、宗則は問うた。

「メシとパフェって言ったら、俺にはファミレスくらいしか思い付かないけど、いいんかな?」
「うん、いいよ。でも、駅前のは、ちょっとなぁ…」
「あそこは俺もパス。うちの生徒だらけじゃん」

外へ出ると、運動部がまだ練習を行っていた。

「お兄さん、まだ走ってるわね」
沙羅に言われてグラウンドを見ると、確かに兄の走る姿。

「まー、飽きもせずよく走るわな、あの兄貴は」
将大は陸上部だ。真面目で、なんでも一生懸命の兄は、弟とはあまりにも違う。たぶん、兄は父親に似たのだろう。

「行こうぜ」
宗則と沙羅、2人の家は、さほど遠くない。2人共、家の最寄り駅まで行ってから、ファミレスに入るつもりだった。

「むね君って、けっこう少食だよね」
早々と、おろしハンバーグのスープセットを食べ終わり、煙草を吸い始めた宗則を見て、沙羅が言った。
こんな家の近所で吸って、なんてことを言わない沙羅はけっこう好きだ。

「俺、ご飯が嫌いだからなぁ」
男なら、セットでライスの大盛くらいつけても良さそうなものだ。

沙羅はまだ、カルボナーラを食べている。食後に、お待ちかねのパフェが来るはずだった。
「ゆっくり食ってていいぜ?どうせ俺んち、まだ誰も帰ってきてねぇし、沙羅ちゃんちだけ大丈夫ならな」
こうやって、2人でいると、カップルにでも見えるのだろうか。

「むね君って、ホントは優しいよね」
「ホントはってなんだよ、本当はって」
「だって…見た目、ちょっと怖いよ?」

いつからか、わかんないけど、と口の中でつぶやく沙羅。
小学生くらいの宗則は、どちらかというと、いじめられっ子の方だった。

「嫌いな奴には嫌いって言うようになっただけじゃねぇ?」
いじめられて、泣いてた姿を知ってる沙羅はどうしても、他のクラスメートのように、宗則を怖いと思うことができないのだ。

「むね君って…」
沙羅が何かを言いかけた時、宗則の携帯が鳴った。

「あ、悪ぃ」
その場で電話に出る宗則。

「え?…いいけど…ああ、大丈夫だし」
短い電話を切ると、ごめんな、と言いながら宗則はどこかへ電話をかけ始めた。しかし、その相手はすぐに判明する。

「あ、兄貴?俺、今日帰んねぇから…ぁあ?いいじゃねーかよっ!親父に上手く言っといてくれよ」
じゃーな、と一方的に電話を切る宗則。

「んで、何の話だったっけ?」
携帯をポケットにしまい込み、話を戻す宗則。

「なんだっけ?…それよりむね君、今日帰らないの?」
「ちょっとね。お呼び出し」
「だったら、もう行くの?」
「何言ってんだよ、俺から誘ったんだ、ちゃんと沙羅ちゃんは送っていくよ」

ゆっくり食べなァと笑いながらまた、煙草に火をつける宗則。
まさか、家の最寄り駅まで来ているのに、送ってもらえるなんて思いもしなかった沙羅。

「やっぱりむね君優しいよ」
にっこり笑って、沙羅は、出てきた食後のパフェを食べ始めたのだった。

************

沙羅を家の前まで送ってから、宗則はまた電車に乗り、繁華街へと向かった。
当然のことながら、高校生が行くような場所ではない。
まだ約束の時間には早かったが、とりあえず店をのぞいてみた。そこにいたのは、敦史と数人の若い男。

「おメェ、着替えてこいよ」
「いいじゃん、駄目なら服貸してよ」
東青藍学院高校は制服がない。しかし、いくら私服の学校だとは言え、宗則も、そんなに派手な服装で学校に行っているわけではなかった。

「ジーパンはいいとして、ポロシャツはねーだろポロシャツは」
確かに、宗則は、学校に行く時以外にポロシャツなんて、絶対に着ない。

「とりあえず、俺、飯行くから、ついでに買いに行くか」
まだ、ショッピングビルなら開いてる時間である。

「ええっ?貸してくんないの?」
「おメェのサイズがないんだよ!ほら急げよ!」
たいして教科書が入っているわけでもないが、かばんは店のロッカーに入れ、財布と携帯だけを持って外に出る。

「宗則なら意外と、ピンクのシャツとかも似合うかもな」
「ますます女に間違われるじゃん」
「でも、お前、女物着るのは嫌いじゃねぇだろ?」
「だって、サイズ合うし、男の服って、ワンパターンじゃん?」
「わかったわかった、なんか可愛いの買ってやるよ」
「ゴスロリとかは勘弁してよね」
「そんな趣味はねぇ」

元々は、少し茶色がかった髪の毛を、敢えて真っ黒に染めた敦史である。そっち系からの人気も高かったが、本人にそんなつもりはない。
宗則同様、ちょっと派手だとか、パンキッシュな服装は好きなのだが。

「急がねぇとあと20分しかないぜ」
「はいよ〜」
2人は走って、若者向けのショッピングビルを目指した。

背中が広く開いたタンクトップを買ってもらって、ゴキゲンの宗則である。
やっぱりレディースで、色もピンクに近い赤ではあるが。

「でも、お前、まだそれ1枚じゃ寒くねぇかぁ?」
「寒くなったらジャケット着るよ」
「あ、そぅ」
それでは背中が開いてる意味がないんじゃないかと思う敦史。

どうやら、宗則と敦史の洋服のこだわりは、似ているようで、微妙に異なるらしい。

「ご飯ってさぁ、なに食べるの?」
「今日はお好み焼きの気分だ!」
先に食べてきた宗則の希望など、はなから聞きもせず敦史は路地をどんどん進んで行く。

「僕、そんなに食べれないよ?」
なぜか、敦史の前では、自分のことを『僕』と言ってしまう宗則。自分でもわからないけれど。

「俺の残りでもつまんどきなっ」
敦史は、それなりに、高校生の男子というだけの量は食べる。
お好み焼きも、1人で3枚は注文するはずだった。

「しかし、お前も変わってんな。その沙羅ちゃんって子、どうこうしたいって気、ねぇんだろ?」
先に、誰とファミレスに行っていたのかを一部始終聞いていた敦史である。

「ないねェ…なんかイマイチあの子じゃヤリてぇって気にならないんだよねィ」
「じゃなんで飯行くかな」
お前いい人みたいだぜ、と笑う敦史。

「たぶん昔から知ってるからだよ。なんか妹みたいな感じ」
「俺の知ってる宗則なら、もうとっくに食ってるはずなんだけどねィ」
「たまにはそーゆぅ子もいるってことですわァ」

笑いながら、2人の不良高校生は、慣れた足どりで路地を進み、人通りの少ない場所にある、知る人ぞ知るお好み焼き屋に入っていった。

************

杏奈は焦っていた。教育実習にきた学校。歓迎会をしてもらったはいいが、最終電車の時間が近づき、1人先にその場を後にした。

『私…迷った…?』
さっき、通りすがりの人に聞いた道が、間違っていたのだろうか。時間がない、おまけに、道もわからない。

『どうしよう…』
そこに、更なる不幸が襲い掛かる。

「よぉ姉ちゃん、どっか行く予定あるんか?」
いかにも、と言った風貌の男が2人、話かけてくる。

「姉ちゃん、いくらだ?」
言われている意味がわからない。

「私は…駅に行きたいんですけど」
「駅だってよォ」
ガハハと、下品に笑い始める男たち。こんなときに、どうしたらいいのか、杏奈は知らなかった。

叫んで、助けを呼ぼうにも、どんどん追い詰められて、人のいない方へ行ってしまっている。

(誰か助けて!!)
この際誰でもいい、とまで思った。

「おメェ、相変わらず馬鹿チンだなぁ」
「いいじゃないのよっ!敦史とは被ってないんだから応援くらいしてよっ」
「駄目な方に1万〜」
その時だ。更にひとけのない、路地の奥から、笑いながら歩いてきた2人の若者。

「た…助けてっ!!」
杏奈は、その2人に向かって、力の限りに叫んだ。

「んぁ?なんだぃ?今呼んだのはお姉さん?」
背の高い方の青年、いや少年が気付いてこちらへ歩いてくる。

「おい、宗則!面倒なことに関わるなよ」
もう1人の黒髪は傍観を決め込んだようだ。

「なんだテメェは?こいつは俺達の女なんだよっ!」
地面に唾を吐き捨てながら言う男たち。

「違うわよっ!助けて!」
「助けてって言ってんじゃん」
「黙ってろ、この女ァ!」
「キャアっ!」
男の1人が、杏奈を突き飛ばした。

『カチン』
宗則の中で、何かが弾けた。

「俺ってさァ、そういう態度が一番嫌いなんだよねィ」
敦史に買ってもらった洋服の入った紙袋を地面に置く。

「あ〜あ」
それまで、離れたところで煙草をふかしていた敦史が、溜息をつきながら近寄ってくる。

「おメェら、宗則を怒らすなんて、救いようのねぇ阿保だな」
これで2対2。勝ったも同然だ。ケンカは慣れが一番。その点に置いて、不良高校生の宗則と敦史が負けるはずがないのだった。

勝敗がつくのは、あっという間だった。
とくに運動が得意なわけではない宗則だが、あの体のデカい兄と、毎日のようにケンカしていれば、嫌でも強くなるというもの。

敦史の方はというと、根っからのケンカ番長であった。更に加えて敦史の言葉。

「おメェら、MOONの従業員じゃねぇんかィ?」
それは、この街にある店の名前。

「あっ…!!敦史!!」
「ほお〜、俺様有名っ」
きっちり2人を殴り飛ばした後で、証拠の写メを撮る。

「オーナーに、よぉっく伝えておいてあげるわなァ」
ニヤリと笑った敦史。なによりの脅迫だった。










自分ツッコミ

嗚呼〜もう、絵にかいたような展開でゴメンナサイ。
これぞ、まさにいきあたりばったり…
イメージしてる繁華街は大阪で、宗則と敦史が買い物に行ったのはHEP FIVEのつもりだったんですが…
そー書いちゃってもよかったかなぁ??
(大阪在住で書くとそうなるのです!)

























No reproduction or republication without written permission.