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同じ痛みを感じている


「……しろ。………とぉしろー?」
総悟の、俺を呼ぶ声が聞こえて、慌てて顔を上げた。

現在時刻夜の11時26分。総悟がこの時間に来たってことは、今日は久しぶりに泊まっていくつもりなんだって、わかっていたはずなのに。

「終わりやしたぜィ?なにボーッとしてるんでさァ?」
「悪ィ、総悟」

学祭期間中の総悟のお仕置きで、ズタボロになっちまった俺の背中に、総悟が自ら薬を塗って包帯を巻いてくれていた最中に、違うこと考えて意識飛ばしちまうなんて、俺は最低だ。

「何考えてたんですかィ?」
「いや、なにも…」

シャワーを浴びるだけで、ズキズキ沁みて痛くて苦しくて、そしてちょっとだけ嬉しかった俺の背中の傷は、もうだいぶ治りかけている。それだけ、学祭から、時間が経過したってことだ。

だけど。

「高杉の、ことですかィ?」
やっぱり総悟に隠し事はできないなと思って、俺は素直に総悟に向き直ってうなずいた。上半身裸のまま。

どこ行きやがったんだ、アイツは。ちゃんとメシ食ってんのか、元気にしてんのか。ヤケ起こして『もう死ぬ』なんて言ってねェか?アイツが初めて家出して総悟に連れられてうちに来たときに、いろいろ悩んでる話なんかを聞いちまった俺は、気が気でしょうがない。
そりゃ、俺よりもっとずっと、高杉のことを知ってて、仲のいい総悟はもっと心配してると思うんだけど、総悟はあんまり感情を表には出さないからな。

「十四郎。………誰にも言わねェって、約束できやすかィ?」
滅多に呼んではもらえない下の名前で俺を呼んだ総悟の表情が、真剣そのものだった。

「総悟…?」
もちろん、総悟との約束なんて死んでも守ると応えたら、総悟の表情が少しだけ和らいで。

「高杉のことは、心配しなくていいでさァ。元気にしてやすから」
ああ、そうか。

総悟は、高杉のことを相当気に入ってるし、高杉だって、相当総悟のことは信用しているみたいだったし。そういうことなんだと、すぐに俺は頭の中で理解した。

総悟は、高杉の居場所を知っている。おそらく総悟は、その居場所を、俺にも話すつもりはないんだろう。それはきっと、高杉自身が、総悟以外の人に会いたがらないからなのかもしれない。あれだけ好きだった彼氏の浮気現場を見ちまったんだし、どうやら自分も同じ事しちまったみたいだし。高杉が、どれだけ落ち込んで悩んでいるのかっていうその姿は、俺でも想像できるような気がする。

だけど、総悟が『元気にしている』というのだから。『心配しなくていい』というのだから。
俺は、総悟を信じようと思った。いや、総悟に任せようと思った。

「総悟。…元気になったら、またいつでも遊びに来いって、高杉に伝えとけよ」
きっと高杉は、総悟の家とか、総悟の知り合いの家とか、そのへんに匿われているんだろうと確信しながら、俺はシャツを着てロフトベッドの上にうつぶせに寝転がった(仰向けで寝るのは、まだちょっと背中が痛い)。

「そのうち言っときまさァ」
俺の隣に横になった総悟にくっついて。早く高杉にも、こういう幸せな日が戻ったらいいのにな、なんて。俺には総悟がいてくれる幸せをかみ締めながら、ゆっくりと俺は眠りに落ちていった。

***

スタジオに篭ってレコーディング作業をしていたのだが、やけに外が慌ただしい。不審に思っていたら、スタッフの1人に呼ばれたのは拙者だったでござる。

「くぉらーっ!出て来いッス、馬鹿兄貴っ!!」
倒れている警備員と、2人がかりでなんとか押さえているのは。拙者、頭を抱えたくなったでござる。

「ここには来るなと言ったでござろうが、また子」
「やっと出て来たッスか、馬鹿兄貴っ!」

とにかくスタッフには、紛れも無く実の妹だと告げて、拙者は暫く休憩をもらったでござる。

「なんでセンパイ見捨てたッスか!!」
なるべく人気のないところを選んで、トイレの前に連れ出すと、さっそくまた子はまくし立てた。

「見捨ててなんかいないでござる」
「じゃあセンパイどこ行ったッスか!?」

また子のところに、桂さんから電話があったそうでござる。拙者が晋助を二丁目まで送っていってから、10日が過ぎている。桂さんにしては、ずいぶんまた子への連絡が遅いなぁと思ったら、今回の連絡は2回目だったとのこと。最初に桂さんから、また子にかかってきた時は、拙者と一緒にいることを知っていたまた子は、当然知らぬフリをした。それが、未だ見つからないと知って、学校もサボってここまで駆けつけたようでござる。

「それはわからぬが…。晋助は大丈夫でござるよ」
「なんでわかるッスか!」

晋助センパイになにかあったらお前のせいッス馬鹿兄貴!と、容赦なくまくしたてる不満顔のまた子に、晋助はそんなに弱くないと告げてやった。当たり前だが、晋助のことは、拙者の方がまた子より知ってるでござる。

「だいたい」
晋助は、拙者の電話番号は暗記してるでござる。だから、もしも助けて欲しいだとか、なにかあれば絶対に連絡してくるはずでござると告げると、ますますまた子は不満そうに眉を吊り上げた。

「お前、馬鹿ッスか?」
実の兄に向かって『お前』はどうなんだ?とは思ったが、それを突っ込んでしまうと、話が進まないような気がするので放っておく。

「あの、プライドの高い晋助センパイが、元彼のお前なんか、頼るはずがないッスよ!」
だいたい、会えばヤられるのわかってるのに、と蔑むような目で拙者を見上げるまた子。どうやら妹の教育方針を間違えたようでござるな、拙者は。

「拙者、そこまで節操無しではござらんよ」
「どーだか」

あー、あの時引きずってでもセンパイ連れて帰るんだったぁ!とぼやいたまた子が、本気で晋助のことを心配しているのはわかるのだが。

「大丈夫でござるよ、また子。晋助は強いでござる。お前の心配などいらぬでござる」
「どっからその自信は出てくるッスかぁ?」

まぁ、なんというか。芯が強くなければ同性愛者などできぬというか、同性愛者だから強くなったのか、どちらが先かはわからないが、それをこの、ノンケの妹に理解させるのは難しいだろう。いくら、なんでも話してきた兄妹だとは言え。

「すいません、河上さん…」
「なんでござるか?」
「なんなんスか?」

呼びに来たスタッフに、拙者とまた子、両方同時に応えて、少し笑ってしまったでござる。兄妹なのだから、当然2人とも『河上』だ。

「あ、いや、その、万斉さんの方です」
呼ばれたのは拙者で当たり前なのだが、いちいち律儀に応えたスタッフに、もう終わるからとだけ告げて。

「拙者仕事に戻るでござる」
送らせるから待っていろと、せっかく言ってやったのに、また子は呆れたように笑った。

「アタシをいくつだと思ってるッスか、馬鹿兄貴」
そりゃあ、1人で帰れないだなんて、まったく思ってもいないが、平日のこんな真昼間に、セーラー服の女子高生が歩いていては、あきらかにおかしいだろう。ただでさえ、パンツが見えそうな程のミニスカートに金髪の今時ギャルだというのに。ナンパされたくらいでは、どうってことはないだろうが、補導されないとも限らない。

「過保護にしなくていいッスよ。帰るッス」
万が一、晋助から連絡があったら、その時は絶対に知らせろとだけ言って、また子は帰っていったでござる。スタッフの1人に、とりあえず駅まででいいから送ってもらうよう頼んで、拙者はまた、レコーディング作業に戻ったでござる。

確かに、晋助のことは心配だが、今の拙者には、もっとやらねばならぬことがあるでござる。

頭を切り替えながら、もう、高校までのあの頃には戻れないのだと、そんなところでも実感したでござる。

***

今のこの状況を、どう説明したらいいんですかねィ。

源外のジジイのところに高杉を連れて行って10日ちょっと。ジジイが言うには、最近は工場の、簡単な作業まで手伝っているっていう高杉の、様子を見に部屋に入ったんでさァ。もう晩ご飯なんざとっくに終わってるような時間で遅かったし、もしかしたら早寝の高杉は寝てんのかもなァと思ったんだが、案の定布団は敷かれていた。

「沖田!」
嬉しそうに抱き着かれたとこまでは別に良かったんでさァ。それくらいは。

立ったまんまじゃなんだからって、高杉に抱き着かれたまま座って座らせて。
勢いのままに、押し倒されてるってトコなんですよねィ。

キスされるくらいはどうってことねェんだが、普段と体勢が逆で微妙な違和感がある。ようやく唇を離してくれた高杉は、身体(特に股間)を密着させながら『しよう』と言い出したもんだ。

こいつは、ここに連れてくる前の日に元彼とヤってるはずなんだから、たった10日ちょいで我慢できなくなったってことなんですかねィ。相変わらずなヤツでさァ。

「助けて沖田。なんかもう、駄目」
覆い被さって半泣きになってる高杉の姿に、ちょっと心が揺れたっちゃー揺れたんですがねィ。

この3ヶ月、坂本とどんだけ、どのペースでヤってたのかは知らないが、坂本と付き合う前。つまり、俺とセフレだった時代は、どれだけ空けても2週間で会ってヤってましたからねィ。高杉がセックス好きだなんて今更愚問なんですが。

「嫌でさァ」
俺ん中のヒネクレ心が、気付いたら勝手に口をそう、動かしてたんでさァ。

「な…なんでだよ…?」
みるみるうちに上体を起こした高杉の顔が青ざめていく。別に減るもんじゃねェし、セックスくらい誰としたっていいんだが。
貞操観念?そんなもん持ってて、なにか得することなんかあるんですかィ?

「なんで…だよォっ」
「嫌なもんは嫌でさァ」

あー、ヤベ、高杉泣く!って、わかっていながら、俺の口からは拒絶の言葉。

「やっぱり…。どうせ俺なんか、どうせ俺なんかいらねェって、お前も言うんだろっ」

起き上がった高杉は、俺に背を向けて顔を覆って泣き出した。誰も「いらない」なんて言ってないんですが、恋人に浮気されたんだって事実が、高杉の思考をそういう風にさせているんだろう。…ってか、別れたんだろィ?引きずってんのは当たり前だと思いやすが。

「泣くんじゃねェ、高杉」
「ぅっ、ぅっ、だっ、て…」

沖田にまで拒否されたら終わりだ。だから辰馬だって、俺なんかより他の人の方が良くて浮気したんだ、きっとそうなんだ…って。あー、完全にマイナス思考の塊、自己嫌悪もいいとこですねィ。これでどこが『少しは元気になった』だか、と思ったんですが、高杉のことだから、ジジイの前ではわざと明るく振る舞ってるに違いねェ。

「そんなんじゃねェでさァ」

今から十四郎んとこ行くから、今は嫌なんでさァって、言ってやったけどこれは半分嘘。十四郎となんて、約束も何もしていない。ただ、俺が今から行くって、急に電話したところで、十四郎は絶対に拒否しないのはわかっていたし、むしろ電話なんかしなくたって、合い鍵で勝手に入れるし。

「そ、なんだ」
ごめんと呟いた高杉は、少しだけ納得したみてェでさァ。

「…だったら、もう、行くんじゃねェの?」
必死で涙を拭いながら高杉がじぃーっと俺の顔を見つめてくる。ああ、もうっ。

「泣いてるヤツ見捨てて行ける程、俺は冷てェ人間じゃありやせんぜィ」
「…ドSのくせに!」
ようやく、ちょっとだけ高杉は笑った。

「じゃーさー、沖田。いつだったらしてくれんの?」
「そんなにしてェんですかィ」

って、そこで真面目に頷かれても。なんかコイツ、坂本の浮気現場って現実を突き付けられて、それに対して別れを決断して、どっか壊れちまったんじゃねェか?ああ、そうか。壊れてなきゃ『もう死にてェ』なんか言うわけなかったですねィ。二丁目に迎えに行った時言ってやしたねィ。

「オナニーでもしときなせェよ」
「…オカズ」

言いながら両手をちょこんと前に出すあたりは、カワイイと思っちまったんですが。年上ながら。

んなモン自分で買いに行けと言いたかったが、そういやコイツ、電車1人で乗れないんだった。こんな郊外の住宅地に、ゲイのエロDVDなんざ売ってるわけがねェ。


「今度来る時、なんか持ってきてやりまさァ」
「マジ?…あ、でも、SMはいらねェよ」
「100キロ越えのブタが縛られて…」
「勃たねェからっ!」

ようやく高杉の涙が止まって、笑った。わかってまさァ、高杉の好みのタイプくらい。微妙に俺と被ってやすからねィ。やることは逆だけどよ。

今度来る時にメンクラでも買ってきてやるって言って、俺は高杉が泣き止んでいるうちに源外のジジイの家を出た。軽い口づけだけを交わして。キスしながら、頭を撫でてやったら落ち着いたようだっから。

『死ぬ』とか言わなくなって、少し明るくなったような気がするのは源外のジジイのおかげだろうし、それはちょっと安心したんだけど。なんだか別の不安が、俺ん中には残ったんでさァ。

***

あれからほとんど毎日、辰馬は学校が終わるとバイトに直行して、ほとんど寝ないでまた学校…って日常を送ってる。ハッキリ言って、さすがの辰馬でも倒れるんじゃないのかなって、銀さんは心配なんだけど。

こないだようやく、10分かそこらだけ、人気の占い師だか霊能者だかとやらに見てもらったらしいんだけどさ。テレビにも出てるナントカさんだって。興味ないから忘れちゃったんだけどさ、とりあえずその、ナントカさんに『相手が帰りたいと思わなきゃ無理だ』って言われたって。それってさ、俺らが阿音サンに見てもらった結果と一緒じゃんよ。

「絶対探してみせるぜよ」

でも、全然諦めてないんだ、辰馬ってば。誕生日どうするよ?ってメールしたんだけど『忘れちょったからもうエエ』って返事だったしさ。あー、もうお前ね!友達全員の誕生日を覚えてるようなお前が、なんで自分の誕生日忘れちゃうかなァ。辰馬に祝ってもらってる銀さん達の立場はどーなんのよ?

…とにかく、高杉が帰ってこなきゃ無理ってことかなァ。

2週間近く辰馬の部屋に遊びに行ってない俺達全員はさ、たった2週間なんだけど、それでも、ものすごい違和感とかを感じちゃって。やっぱアイツが俺達の中心にいて、みんな友達って言っても、辰馬が好きで集まってる仲間なんだなァって、思い知ったんだよねェ。


END



なんか中途半端?



結局このまま未完なのですが、沖田君が持ってきたメンクラかなんかに辰馬が載ってて「やっぱり好きー!」って自覚した後に、偶然服部君がピザ持ってきて晋ちゃん発見!っていう流れで完結する予定だった…はず!





















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