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寒い。
…それしか思わなかった。

消えない痛み


押し入れの中には、毛布が用意されていたからさ、しっかり被って、丸くなってんだけど。

1人で寝るのが、こんなに寒いとは思わなかった。

さすがにもう、あれから1週間だから、手紙は辰馬に渡ったと思う。これで俺は、完全に辰馬とは関係ない人になって、辰馬の前から消えたんだと思った。

自分が出した結論なのに、自分が、あんな手紙突き付けたのに。いつもみたいに『ごめんね』と言って、泣きながら辰馬が迎えに来てくれないかと、心のどこかで期待してる俺って、本気で馬鹿だと思った。
だいたい、辰馬がこの場所を探せるわけがないじゃないか。わざわざ、絶対見つけられないような場所に連れてきてくれた沖田が、辰馬に話すとは考えられなかったから。少しでも、沖田にそのつもりがあるんなら、きっと俺は、今ここにはいないはずだから。

きっと、土方のとこでも連れて行かれて…。そうだな、俺よりはるかに土方の性格をわかってる沖田が言うんだから間違いない。土方なら、俺がいくら『別れる』って決めたって、絶対納得しなくて辰馬を呼ぶに決まってるんだ。そうなった時、俺はどんな顔をして、辰馬に会えばいいのかわからない。そうだ、そもそも俺は、辰馬に『ごめん』と言われる資格がない。

辰馬は、一体どんな気持ちで、俺以外の相手と身体を重ねるんだろう。ぶっちゃけ、俺も万斉と浮気してしまったわけだけど、辰馬の気持ちは全然わからなかった。万斉に抱かれている時は、辰馬としている時とはまた違う感情に包まれていたから。

万斉がいなければ、絶対に今の俺はない。今でもきっと、本当は男が好きなんだっていう自分のことを自分で認めてあげられてなくてさ。無理して女と付き合ったりしてたんだと思う。精子は出たって気持ちが満たされないセックスしか知らないまんまだったと思う。

万斉のおかげで、俺はやっと、本当の自分になれたんだってことは、嫌という程わかってる。だけど、だからって、辰馬も浮気してたからって、俺まで浮気してもいいって理由にはならない。今更万斉のところに戻ったって、プロになってしまった万斉は、芸能人になってしまった万斉には、俺なんかただの足枷でしかない。今更戻ったって、真っ暗闇みたいな未来しか待ってないのが目に見えている。

あの後、素知らぬ顔で辰馬のところに戻って。知らん顔でまた辰馬に抱かれるなんて、絶対無理だと思った。耐えられないと思った。

(あー、そうかァ…)

だから、あれだけ黙っておけって言ったのに、土方は浮気をしたことを沖田に告白しちゃったんだ。たとえ知ってるのは俺らだけで、相手の近藤すら覚えてなくたって、黙って、沖田の前で知らん顔をし続けることがきっと耐えられなかったんだ。自分の中で。

(俺ってホント最低だな)

土方の気持ちもわかんねェで、偉そうなことを言ってしまった自分が恥ずかしかった。しかもそれで、土方が黙っていた方が、あいつらのためにはいいことなんだって、本気で信じてた俺って、なんて馬鹿なんだろう。今自分がこういう立場になって初めて、人の気持ちがわかるだなんて。

「まじで寒ィぜ…」

辰馬と付き合い始めてから、ほとんど毎日抱き合って寝た。辰馬がバイトに行って、朝どころか昼近くまで帰って来ない時も、一緒に寝たくて必死で起きてた。途中何回も、うとうとして眠っちゃったことはあっただろうけど、それでも疲れて帰ってくる酒臭い辰馬をちゃんと出迎えてやりたかったから。そしてその後、2人で一緒に、同じベッドに入りたかったから。

今はもう、この凍えた身体を温めてくれる人もいないんだ。

どんなに願っても、祈っても、俺と辰馬の関係は終わっちまった。辰馬と一緒にいれば、なんでもできるような気さえしていたのに、だ。 俺は今でも、辰馬に告白した時のことをハッキリ覚えている。『好きだ』って。たった一言がなかなか口にできなくて、それでも辰馬は黙って俺が何か言うのを待っててくれて。俺は、辰馬がバイだなんて知らなかったから、その一言を言うだけで泣いてしまって。あんなことって、ノンケだと思ってたヤツ好きになって、告白したらバイだってわかって、しかも辰馬も俺のこと好きでいてくれてたなんて。

少女漫画の世界でしか、有り得ないと思ってた、あんなこと。

きっと俺は、あれで人生全ての運を使い果たしたんじゃないかと思う。

どれだけ、涙を流せば、辰馬を忘れられるのだろう。

***

(辰馬、ごめんな)
ああ、晋じゃ、晋が帰って来たんじゃと思った。

すまん晋、わし、二度と浮気はせんからの!
(そんなこと言って、お前、何回目だよ!)

いや、ほんに今回は反省したぜよ!晋を失うくらいなら、多少の性欲我慢できるぜよ!いや、するぜよ!

(だってお前、多少じゃねェもん)
いやっ、ほーかもしれんけどっ!じゃけどっ!わし、わしはっ!

(じゃーな。バイバイ、辰馬)
晋っ!待つんじゃっ!!行くなっ!

やっとのことで、走って追い掛けて捕まえた。…その瞬間、目が覚めた。

「夢…じゃったんか…」

自分が必死で抱きしめていたものが、晋助の煙草臭い枕だったことに気付く。この枕は今も、晋助の匂いがするというのに。だから、あんな夢を見てしまったのだろうか。

晋助がいない、1人寝の夜が、こんなに寂しいとは思わなかった。今頃晋助はどこで眠っているのだろうか。ただでさえ冷え性なのに凍えていないだろうか。
真夏でも、ちょっとエアコンを強くしていると、晋助の手足は、すぐに冷たくなった。
そんな晋助を、抱きしめて温めてやるのが幸せだった。おとなしく腕の中に納まった晋助は、身体が温まってくると、いつもきれいに笑った。
辰馬、ありがとうと言って。

「し…しん…」

もう届かないのだろうか。泣いても嘆いても祈っても、もうこの想いが晋助に届くことはないのだろうか。

これまでも散々浮気はしてきた。そのたびに晋助を泣かせてきたことはわかっていたけれど、それでも晋助は許してくれたのに。その晋助に、とうとう『別れる』という決断を迫らせる程、苦しめたのは自分なのだ。

ベッドの上に1人、晋助の匂いの残る枕を抱いて泣いていたら、寝室の扉が開いた。

「しん…っ?」
ぐしゃぐしゃの顔のまま、慌てて見たが、入ってきたのは桂と銀時だった。

「晋助ではなくて悪かったな」
「辰馬ァ、明日目ェ、腫れるよォ?」

2人共、何日ここに泊まりこんでくれているのか。もう、時間の感覚すらわからない。そもそも学祭が終わって、何日経ったんだ?

「桂が家におらんかったら、晋が来るかもしらんじゃろー?」
「俺も最初はそう思ったんだが」

晋助は、高校の時から変わっていない、桂の携帯番号は暗記しているはずだと言う。当時、携帯を家に置きっぱなしの常習犯だった晋助は、よく公衆電話から桂の携帯にかけてきたらしい。

「うちに来るなら、いくら携帯を持っていなくとも、俺に電話してくるだろう」

晋助は。自分の番号を暗記してくれていただろうか。いや、携帯からしか連絡を取り合ったことがない、番号11桁を一度も押したことがないのだから、きっと覚えてないだろう。現に、自分だって晋助の番号なんか覚えていない。

「坂本。あと3時間は寝れるぞ」
「目、冷やした方がいいよ辰馬。氷持ってこよっか?」
「大丈夫じゃ」

それくらいは自分でやると言って、2人を晋助の部屋に押し帰した。

もう一度、晋助の枕を抱きながら。せめて夢の中だけでも晋助と会えるなら。もうそのまま、夢からなど覚めなくていいと思った。起きないでいたいと、思った。

***

元気づけようとして、たぶんわざとなんじゃないのかなってのは、わかるんだけどさ。

さっきから近藤がデカイ声で笑いながら辰馬の肩を叩いてる。

「お前もとうとう、フラれる辛さを味わったかァ!」

さっきからこの調子。いつも4人で集まってた15号館のテラスがさ、なんだかやたら騒がしいんだけど。

近藤のことだから、深い意味はないと思うんだけど、銀さんが辰馬だったら、とっくに近藤を殴るか蹴るかしてるよ、絶対。そんで、泣いちゃうと思う。

「アイツ、ホントどこ行ったんだろうなァ」
土方君まで、このテラスに来てんだもんね。土方君は、高杉の手紙は読んでないんだけど、銀さんとヅラから内容は伝えてある。別れてくれって、ハッキリ書いてあったことも。

「ねー、ヅラァ。なんかわかったァ?」
晋ちゃん、実家には帰ってないみたいなんだ。ヅラはさ、幼なじみなんだからさ、近くに住んでる従兄弟とか親戚とか知らないの?って聞いてみた。ヅラも、ずっと真剣に探してるんだけど、晋ちゃんの親戚とかは知らないらしい。ま、知ってるならヅラのことだから、とっくに連絡取ってるか。
晋ちゃんの元彼の…河上君だっけ。あの彼にも、晋ちゃんがいなくなったその日のうちに電話かけたって言ってたもんね。全然繋がらなかったみたいだけど、河上君は知らないって、辰馬が電話した時には出て、そう言ってたらしい。
ってか、河上君って、プロのミュージシャンだったのな。サインもらっとくんだった。

「俺だって、なんでも知ってるわけではないからな」
多分、ヅラが一番晋ちゃんを心配してるんだと思う。だって、兄弟みたいなもんでしょ?辰馬と別れる別れないなんて、ヅラと晋ちゃんの関係には、全く影響しないからさ。

「そうだ坂本ォ!気晴らしに飲みにでも行くか?新たなカワイイ子との出会いがあるかもしれねェだろォ!」
あー、もぅ、辰馬は新しい出会いなんか求めてないでしょー。

涙も枯れたのか、今は完全に茫然自失。この状態で、今ここに辰馬がいるのは、銀さんとヅラで引っ張って来たから。その、虚ろな瞳でテーブルに突っ伏したまま、ウンともスンとも言わなかった辰馬が、突然顔を上げた。

「そうじゃ、近藤。飲みに行くぜよ」
驚いたのは銀さん達だよ!どうしたの急に?まさかお前、本気で新しい出会い、探しに行くつもり?高杉のこと、このまま放っといて?

「おっ、やっとその気になったかァ!そうこなくちゃ坂本じゃないだろー!」
ガハハって笑った近藤は、高杉よりも、とりあえず目の前の辰馬の心配してるみたいなんだ。仕方ないか、近藤と辰馬は2年以上の付き合いだけど、晋ちゃんと近藤って、そんなに接点ないし。こういうやつも必要なんだと思う。

「近藤、スーツ着てくるんじゃよ」
「は?一回帰れってのォ?」
「そーゆーことじゃ」

よろしくのーと言って、辰馬は近藤の肩を叩いてテラスから出ていってしまった。

「近藤さん、スーツってどういうことだァ?」
「…また、やる気になったのか?」
何かを知ってそうな声を上げたのはヅラ。ねェねェ、どういうこと?

「…まァ、そういうことだろうなァ」
近藤もわかってるみたい。銀さんと土方君の2人は、顔に『?』マークを浮かべてる。

「俺と坂本なァ、ちょっとの間だけ、モデルやってたんだよなー」
「ハァ?」
「マジかよ、近藤さん?」

銀さんと土方君は初耳だったけど、ヅラは知ってたみたい。ってことは、銀さん達が入学してくる前の話かなァ?

「晋助を探すのに、マスコミの力を借りるつもり。そのために、なんとか近くに行こうか…そんなとこだろうな」
テレビの力を借りるつもりじゃないかって、冷静にヅラが辰馬の考えを分析するんだけど。待ってよ、そんな上手くいくもんなの?

「なんとかするかもしれないな、アイツなら」
「どーしてよ?」

銀さんが聞いても、ヅラは言いにくそうでさ。後で2人っきりになった時にこっそり聞いたんだけど。業界人のちょっとお偉方が、辰馬にとっては身体の関係もあるお客さんなんだってさ。面倒臭がって、晋ちゃんと同棲始めてからは、連絡してなかったみたいだけど。

浮気のせいで晋ちゃんは出て行って行方不明だってのにさ、その晋ちゃんを探すのにも身体使うなんて。なんかスゲェ辰馬らしいなと思っちゃった。それがいいのか悪いのかは、銀さんにはわかんないんだけど。

***

銀さんとヅラは、大学構内のカフェで、阿音に会っていた。銀さん達は銀さん達で、できることをしようって。

「…うーん、東京都内にはいるみたいなんだけど」
阿音の実家は神社で、阿音は本物の巫女さんで。結構占いが当たるらしいんだよね。

高杉の写真と、さっきコンビニで買ってきた東京都の地図を広げて。なんつぅの?霊視みたいなやつ?こんなのテレビでしか見たことなかったって。

「あー、でも本人に全く帰る気がないなァ」
そりゃそうでしょう。帰る気が、少しでもあるんなら、ヅラに連絡してくるでしょう。携帯持ってないったって、番号覚えてるなら尚更ね。

「晋助は、無事なんだろうか…?」
ヅラが、身を乗り出してそう尋ねた。さすがお兄ちゃんって思ったけど、よく考えたらそれが普通だった。それが一番肝心じゃないの。

「元気みたいよ。特に身体壊してるとか、そういうのは感じない。まー、壊れてんのは心の方かな」

すっごい不安定。でも、死のうとはしてないって阿音が言うから、とりあえず銀さんもヅラも安心したんだ。

だって俺達さ、晋ちゃんが、どれだけ辰馬のこと好きなのか、目の前で見てきてたわけじゃない。辰馬と別れたら死ぬってくらい、惚れてたの知ってんじゃない。だからさ、あの手紙見た時も、実はそれが一番心配だったんだよね。

「たぶん、高杉君自身が、帰りたいって思わなきゃ、あたし達がいくら探したって見つからないと思う」
阿音の霊視はそれで終わった。

「すまなかったな。今度何かおごるから」
ヅラが深々と頭を下げたから、銀さんもそれに倣った。銀さんから見たら阿音は先輩だからね。こんなに快く引き受けてくれたのは、阿音から見て先輩の、ヅラからの頼みで、ヅラが電話したからってのは大きいと思う。だってさー、同じ文学部でも、美術史科の阿音さんに一番馬鹿にされてる国文ですよ銀さんは。

「高杉君にねー、気をつけてねって言ったんだけどねー」
学祭の時に、晋ちゃんは阿音に占いをしてもらっているらしい。ちゃんと恋愛のお守りも阿音は渡したらしいって、そんなこと、今初めて聞いたよ。

「最大の危機が近い予感だからって言ったのになァ」
晋ちゃんの写真を、指でツンツン弾きながら、阿音はぼやいた。この写真は、ヅラの携帯カメラでヅラが撮ったやつ。実はこれもさっき、コンビニで印刷してきたんだ。便利な世の中になったよねェ。

阿音と別れて、ヅラが『とにかく無事でよかった』って呟いたのを聞いてさ。ヅラはやっぱり、100パーセント晋ちゃんの心配してるんだなって思っちゃった。

銀さんは。無駄だってのは知ってるんだけどさ、やっぱりどこかで辰馬のこと好きだってのが本音だからさ。なんだか複雑な気持ちだった。

晋ちゃん、このまま帰ってこないんだったら、銀さんが辰馬盗っちゃうよ。いいの?


END



続きます!暫くはこんな調子でグダグダです!すいません!晋ちゃんが寒い寒い言うから、闇タイトルは「哀しみ本線日本海」でした(爆←若い子知らんって)






















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