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沖田に連れられるがままに、中央快速に乗って、途中で乗り換えて。

愁涙


土方のマンションはこっちの方なんだけど、途中から別の路線になったからわからなくなった。もう1時間くらい、電車に揺られてる。沖田と一緒だとは言え、ちょっと息苦しくなってきた。

「なァ、沖田。ここって、まだ東京か?」
「泣かすぞ」
「ご、ごめんって!」

だって、東京の西のこっち側ってさ、あんまり来たことねェんだよ、俺は。もうちょっと行ったら、神奈川じゃねェのかなって、思っただけじゃねェかっ。

「言っときやすが、俺らは東京都民ですぜィ」
「俺だって今は都民だっつぅの」

言ってからハッとなって、哀しくなった。住民票置いてんの、辰馬と住んでた、あのマンションじゃねェか。沖田と、最初に知り合った時は、まだ実家にいたから千葉県民だったんだよな、俺。

「そんな顔してねェで、降りやすぜィ」

今、沖田に置いて行かれたらどうにもならない。だから俺は必死だった。慣れた道を当たり前のように沖田は進んで行く。住宅街で、目印らしき目印もない道は、多分1人で駅まで行けって言われても無理だなと思った。…どっちにしろ、1人で電車なんか乗れないんだから一緒か。

「おい、ジジイ〜」
一軒のデカイ家の前で立ち止まった沖田は、玄関チャイムを鳴らすなり、傍若無人な言葉を叫び出す。これから居候させてもらう予定の俺としては、かなり焦った。

「うっせェなァ!…なんだ、オメェかァ、総悟」

沖田がジジイと言った通り…って言っちゃなんだが、事実玄関に出てきたのは、俺らの父親よりはずっと年上の、初老のおじさんだった。 いいとも言われていないのに、勝手にズカズカ玄関を入って行く沖田に手招きされて、俺も恐る恐る玄関に足を踏み入れる。

(おじゃまします…)
おっかなくて、声にはできなかったから心の中だけで言ってみた。

「あのなァ、ウチは家出少年保護所じゃねェんだよ」
居間のテレビの前に座っていたおじさんの言葉に、ビクッと身体が震えた。速攻家出少年ってバレたのか?いや、普通に考えて、それ以外の何者でもないじゃねェか。

「今日は俺じゃねェよ、馬ァ鹿」
(え…?)

家出少年って、俺のことじゃないのか?もしかして沖田が、何回か来てるってことなのか?

「なんだィ、オメェはよォ?」
怯んでしまいそう。だけど、どうやらこの人の口の悪さは、これが普通らしい。

「友達でさァ。高杉晋助ってんだ」
「なんの友達だか」
「ええっとなァ、敢えて言うなら元セフレ。でも今は普通の友達でさァ」

おい、沖田っ!その説明ってアリなのかよ?このおじさん、普通にノンケじゃなかったのかよ?

「オメェは相変わらず節操がねェなァ」
「うるせー」

俺の焦りなんかなんのその。沖田はおじさんの名前を『平賀源外』と俺に紹介し、『悪ィヤツじゃねェでさァ』と笑った。『口は悪ィけど』と。

「口が悪ィは余計だ。…で?」
「暫く置いてやりなせェよ」

待て待て沖田、お前なんでそんな上から目線なんだよ?むしろ黙って見てる俺の方がヒヤヒヤもんなんですけど。

「掃除洗濯炊事、この子全部できやすから。どうせ、ジジイの1人暮らしでロクなモン食ってねェんだろィ?」
だから、沖田って!確かに、置いてもらえるんなら、そんなんでいいなら、もちろん毎日やりますけどっ。

「オメェの部屋しかねェぞ」
「十分でさァ」

こっち来いよと、沖田に腕を引かれて俺達は奥の階段から2階に上がる。沖田の部屋って、どういう意味だ?それは、2階の一室に入ってすぐに、沖田自身の口から説明された。

「ここがァ、俺が家出した時に使ってる部屋でさァ」
「…お前も家出してんのかよ?」

やっぱり最初の会話はそういう意味だったんだ。その部屋は、箪笥が一つとテーブルが一つ、それから押し入れ。結構殺風景な6畳間の真ん中に2人で座る。

「まァたまに。俺の服もあるから、好きに着なせェよ」
確かに俺と沖田だったら、服のサイズは一緒だろうけどさ。

「お前なァ、家出なんかしたら姉ちゃん心配すんじゃねェの?」
さっきの話しぶりから、沖田が相当姉ちゃんを大事にしてるんだろうなってことが伝わってきたんだけどさ。

「ここか十四郎のとこに行ってる間は心配されねェよ」
沖田の姉ちゃんも、源外さんとは知り合いらしい。じゃあもしかして、沖田の姉ちゃんがここに来るなんてことも有り得るのだろうか。

「ジジイ、口は悪ィけど、マジで悪ィヤツじゃねェからよ」
好きなだけここにいろって、足をだらんと伸ばして座っていた沖田が立ち上がった。

「じゃあ、俺は…」
「沖田…っ」

帰ろうとした雰囲気を感じて、俺は沖田のパンツの裾を掴んでいた。有り得ないくらい、腕が震えてるのが自分でもわかる。

「高杉よォ」
座って俯いたまま動けなかった俺の前にしゃがみ込む沖田。

「お前、俺が受験生だってこと、忘れてんだろ?」

言われてハッとなった。そう、初めて会うまでのメールしていた期間、18歳の同い年だと聞いていたせいだけではないけれど。どこか大人っぽい沖田のことを、あまり年下だと意識していなかったのは事実だった。だって、沖田に教えてもらったり、助けてもらったりしたことの方が断然多いんだから、俺は。

「…まァでも、今日くらいは一緒に寝てやりまさァ」
「おき、た…」
「高杉はすぐ、寂しがって泣くからなァ」
ってお前、言ってるそばから泣くんじゃねェって、沖田に軽く頭を叩かれた。

「…っ、っふ、ぅうっ」
でもホント。ここまでしてもらえるだなんて思ってもいなくて。涙は簡単には止まらなかった。

***

久しぶりに沖田にくっついて寝た。一つの布団で。辰馬と付き合う前は、寂しくて、よくこうやって、沖田に甘えさせてもらってた。さすがに俺は土方じゃないからさ、抱っことかはしてもらえないけど、人肌を感じられるってのは、すごく落ち着いた。これまでの約36時間くらいの間に起こったことが、目まぐるしく頭の中を回ってて、身体は疲れているはずなのに、なかなか寝付けなかった。

さっきまで本気で、もう死んでもいい、死にたいと思っていたはずなのに、沖田の体温で生きてることを実感させられた。そして、なぜかまだ生きてることに、安堵してる自分がいた。

花束に付けた手紙は、辰馬の元へ渡っただろうか。いや、辰馬は出勤じゃないはずだから、下手したら来週だな、なんて。心配したってもう、どうにもならないことを考えた。

大事なモノってのは、失くして初めてわかるもんだって、誰かが言ってたけど、本当だと思った。もうあの、おっきい辰馬の手で頭を撫でてもらうことはできない。万斉は遠く、今更戻ることなんて考えられない。俺は、もしかしたら、誰も好きになんて、ならない方がいいのかもしれない。

「泣いてねェでさっさと寝なせェよ」
音は立ててなかったはずなのに、頭の上から降ってきた沖田の声に驚いた。

「ただでさえ寝起き悪ィんだから。さっさと寝ねェと、ジジイひっくり返るぜェ」
「それもそうだよな」

なるべく毎日早く寝て、起こされる前に起きるようにしねェと。俺の寝起きは、それだけで追い出されかねない。その俺の、最低な寝起きがカワイイと、唯一言ってくれた馬鹿は辰馬だった。万斉でさえ、諦めて絶対に俺を起こさなかったのに。俺ん家に泊まりに来てんのに、俺より先に起きて、母親と朝ご飯食べてたりしたっけ。

なんかもう、今となっては、何もかもが懐かしい。

結局また、グダグタ色んなことを考えてしまって。俺がようやく眠りに就いたのは、夏だったら明るくなってるような時間だった。

***

正直言って、お手上げ状態、だった。銀さんもヅラも、もちろん他のみんなも。

辰馬が昨日持って帰ってきた花束は、ヅラが適当な瓶(多分インスタントコーヒーの)を見つけて、リビングに飾ってあるんだけど。その花ばっかり見つめて、ぐしゃぐしゃになった折り紙の手紙をずっと握りしめて、辰馬は溜息をついては泣くばかり。銀さん達が来てるってのも、ちゃんと理解できてるのかどうかはわからない。

手紙の内容は、ヅラが無理矢理、辰馬から奪い取ったから見せて貰ったけどさ。半端な決意じゃないよね、晋ちゃん。下手したらもう、生きてないんじゃないの、なんて。不吉な言葉が喉まで出かかって、なんとか飲み込んだんだから。

だってさ、『幸せだった』とか書いてあったでしょう?思い切り過去形だったじゃない?それに、絶対的に悪いのは辰馬の浮気だってのに、それに対しては全く非難してないんだからさ。そりゃ、晋ちゃん自身も浮気したって取れる文章だったけどさ、元はと言えば、辰馬がしなきゃ晋ちゃんなんて、絶対浮気してないわけじゃない。遊びでセックスできるような子じゃないでしょー、晋ちゃんは。

「ねー、ヅラァ」
銀さん達、どうしたらいいの?って、もう、どうしたらいいのかわかんなくてヅラに尋ねてた。ヅラだって、どうしたらいいのかわかんないに決まってるのにさ。

「…どうにもできない、な」
暫く考えて、ヅラはようやく言葉を搾り出したって感じだった。聞かなくたってわかってたのに聞いちゃったのは、そうでもしないと、本当にどうしたらいいのかわからなかくて、なんだか苦しかったから。いてもたってもいられなかったから。

晋ちゃん、早く帰っておいでよ。辰馬も十分反省してると思うしさ、晋ちゃんのたった1回の浮気なんて、誰も責めたりしないからさ。

***

どこにいるのか思い出して。柱や扉に頭をぶつけたり足の小指を引っ掛けたりして、ついでに盛大に階段を3段程落ちちまってから。ようやく俺がしっかりと目覚めた時には、とっくに昼を過ぎていた。

「ーっ」

痛い。マジでケツ打った。でも、自業自得だから堪えるしかない。
「おい、大丈夫かよ?」
多分物音で気付いたんだろう。階段の下でうずくまってた俺のところに、源外さんが飛んで来た。

「おいおい、ボロい家なんだ、階段壊すなよォ?」
「ご、…ごめんなさいっ」

なんとか四つん這いで廊下に這い出てきた俺の前に、源外さんはしゃがみ込んでいた。

「オメェ本当にあの総悟の友達かァ?ずいぶん素直だなァ?」
「ど、どういうこと、デスカ?」
恐縮してしまって痛いケツのまんま正座した俺に源外さんは笑いながら続ける。

「オメェ、総悟なら『階段より俺の心配しやがれクソジジイ!』ってなモンだろうがよォ」
「ハァ、確かに」
沖田なら絶対、そう言うだろうな。

「そんなとこに座ってねェで、さっさとメシ食えや」

朝だか昼だかわかんねェけどよ、と笑いながら、源外さんは奥に行ってしまった。そうそう、確か工場をやってるって沖田は言ってたよな。ギッコンギッコン引っ切りなしに機械の音が聞こえている。家の奥のどこかで、工場と繋がっているらしかった。

悪いなァと思いながら、あちこち扉を開けてキッチンを探して。冷蔵庫の中にあった物で適当に食事を済ます。わかったことは、工場と繋がっているせいで、1階の間取りが複雑だってことだ。

とにかく何かしなきゃって、ようやく外のプレハブ小屋の中で見つけた洗濯機には、油臭い作業服がいっぱい入っていた。

家事が好きだってことはないんだけどさ。辰馬の無茶苦茶な洗濯のおかげで慣れちまって、苦にならないのは確かだった。スーツのジャケットとか、『酒零した』なんて言って平気で洗濯機に突っ込むからな、あいつ。洗濯ネットなんてものも、当然持ってなくて、自分で洗うとニットは絶対伸びるとか言ってた。当たり前だろうが。

また辰馬のことばっかり考えてる自分に気付いて嫌気がさしたけど。洗濯機を回してる間に冷蔵庫の中の食材をしっかりチェック。1ヶ月以上前の卵とか出てきたけど…。さすがに捨てても怒られないよな?卵って言やァ、東城は元気してんのかな。学祭で散々食ったから、当分飢え死にはしねェだろうな。

夕方になって、ようやく乾いた洗濯物を取り込んで畳んでいたら、機械の音が静かになった。仕事終わったのかな。

「おーい、高杉とやら…」
はい、と返事して立ち上がろうとしたら、居間の扉が開いて源外さんが顔を見せた。

「なんだオメェ、本当にそんなことしてたのか?」
「あ、ハイ」
怒られるのかと思ったけど、そうじゃなかったらしい。ガハハハハと大口を開けて笑い出した源外さんは。

「オメェ、本当に総悟の友達かァ?」
「そう、ですけど…」

聞けば、沖田はここへ来ても、寝てるか工場で遊んで仕事の邪魔をするかの、どちらからしい。その友達だからってことで、俺が工場に顔を出さなかったから、寝てるんだとばかり思ったんだと言う。

「いや、だって、居候だし…」
沖田ならそうだろうけど、俺はそんなことできない。辰馬と一緒にいた時からの習性が染み付いてる。

「オメェ気に入ったよ」
理由は聞かねェでやるから、好きなだけここにいなと、源外さんが言ってくれた。

たかが家事と侮るなかれ。できて良かったと、この時ばかりは、小学生の時から俺を放ったらかしにした両親に、感謝したくなった。

買い物に行ってないから、有り合わせの物しか作れなかったけど、一緒に晩ご飯を食べながら晩酌に付き合った。沖田が置いてったってメモには、沖田の携帯番号が書かれていた。緊急連絡先、と。

今朝、早くに起きて帰って行った沖田が、俺の寝起きは最低だから起こすなと、告げて行って。それで源外さんは俺を昼過ぎまで起こさなかったらしい。全くもってその通りです、暴れたりするんで、本当にすいませんと、見られる前に先に謝っておいた。

正直、辰馬と別れて、もう生きていけない、生きていたくないとまでなんて思ってた俺だけど。意外と生きていけるもんなんだなァと思っちまった。

やっぱり、夜1人で寝るのはさ、寂しくて泣いてしまうけど。

あんな手紙突き付けておいて、なんだけど。辰馬は、泣いてくれたのかな。そんな、勝手なことを考えた。


END



続くーっ!
なんで源外なのかとゆーと、ジイさんが「オイ、コラ総悟!」って、言ってる姿が、何の違和感もなく浮かんできたからなのでした!






















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