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意識の飛んじまった土方を、坂本がおぶって連れて来てくれたのはプールの横の水泳部の更衣室。

涙のあとは


「さすが、3年も通ってると、悪いことばっか、知ってるもんですねィ」
「んー?そうでもなかろ〜?」

アッハッハーといつもどおり笑う坂本。じゃあなんでお前がここの更衣室の鍵なんか持ってんだ?とは、今は言わねェでおきまさァ。

完全防音になった9号館の3階で、土方の背中やケツが真っ赤に腫れて血が滲むまで鞭で打って。もちろん縛って坂本にご奉仕させたまんま、バイブも突っ込んだまま。坂本が出したモンを飲み干しながら、『痛い、もう嫌だ、もう許して』って、泣き叫んでたくせに、バイブのスイッチをちょっと強くして、坂本に乳首をキツく責めてやるよう頼んだら。あっけなく意識を飛ばしてイっちまった。ホント、こいつはどうにもならねェ淫乱ドMでさァ。

「坂本、ここまで連れて来てもらって悪ィんですが、2人っきりにさせてもらえませんかィ?」

数えていたわけではないけれど、たぶん4、5回は出してるってのに、坂本のやつは全然まだ元気。まだまだイケそうで。確かにこれは絶倫だし、あの細っこい身体して体力のねェ高杉1人じゃ相手し切れねェよなァなんて、思うのは別の話。

「ほーかァ。ちゃんと納得行くまで話すんじゃよ〜」

どうしてわざわざ、坂本を呼んでまで、こんな無茶をしてるのかってのは、最初に話してあったから。坂本はあっさりとそれを許してくれて、キーケースからここの更衣室の鍵だけを取り出して俺に渡してくれる。って言うか、土方の話では、諸悪の根源、煽ったのは坂本だっつぅことなんですがねィ。

ただ、理由はどうあれ、こんな浮気性の言うことを真に受けて、誘惑に負けちまった土方が一番悪いってのは間違いないんですけどねィ。だからお仕置きしてるわけだし。

「この鍵、失くさんといてのう」
「わかってまさァ」

更衣室の隣はプールなんだから当然シャワーがある。坂本がこの鍵を使って、ここで何してるかなんて。今更聞くまでもねェ。高杉には黙っておくけれど。彼氏の淫行なんざ、隠しといてやるのも友情でさァ。

ひらひらと手を振りながら坂本が帰って行ったの(今度こそ見回りに行くのだろう)を確認してから、内側からしっかり鍵をかけて。

まさか十四郎に浮気されるなんて、夢にも思わなかった…ってのが俺の本音。十四郎だけは、俺がどっかで浮気しようと遊びに行こうと飲みに行こうと、絶対俺を裏切ったりしねェって、頑なに信じてたのは俺の都合のいい幻想だったのか、って。頭ん中が真っ白になった。

言い訳させてもらえば、俺の遊びは仕方ねェじゃねーか。いつからこんな、狂ったSMなんかやるようになったのかは定かではないけれど(あ、最初からか?)、俺とヤった後の十四郎には休息が必要なんだ。毎日俺がしてェって望んだって、できやしねェ。それに、痛がって感じてる十四郎の顔を見てたら、興奮しすぎて、出すの忘れてた…なんてことも俺には多々ある話。自分で済ませられる時ァ自分でしますけどねィ。

問い詰めるまでもなく十四郎が正直に話した浮気の相手は、あの近藤さんで、しかも近藤さんは酔ってて記憶がないときてる。そんなのって、十四郎のヤられ損みてェじゃねェか。コイツは、そんなに安い人間じゃアねェんでさァ。

ぶっちゃけ、相手が近藤さんでさえなければ、いくら十四郎から誘ってたとしても十四郎から乗っかってたとしても、相手をボッコボコに叩きのめしに行ったってんだ。俺の十四郎に触っていいのは俺だけなんだってことを思い知らせるために。今日みたいなのや俺の目の前での調教は別だけど。でも、近藤さんには、俺がガキん頃から世話になってて、恩も情もある。さすがの俺でも、あの人にだけは何にもできねェ。

頭ん中が真っ白になった次の瞬間、とにかく苦しいだとか悔しいだとか哀しいだとか辛いだとか正直に話してくれたことが良かっただとか、そんな感情が、いっきにぐちゃぐちゃになって俺の中を渦巻いて、俺は、怒りに任せて十四郎を殴ることはおろか、怒鳴ることさえできなかった。

ただ、気がつけば、涙腺がぶっ壊れたみてェに、涙が流れてた。声なんか出ねェまんま。

『総悟の好きにしてくれ』って、土下座したまんましゃくり上げて泣いてた十四郎に言われなきゃ、お仕置きなんて、思い付きもしなかった。

本当に、どうしたらいいのか、いや、この現実に何が起こったのかすら、あの時の俺にはわからなかった。

更衣室の床に転がされていた土方のメイド服を脱がせてロッカーにあった掃除用のバケツに貯めた冷水を浴びせた。まァ、ここまで連れてくるのに人目につかないようにって、辛うじて纏わり付いていただけみたいな状態になっていたメイド服だから、脱がすのは簡単だった。 背中やケツの傷に染みたのか、声にならない悲鳴を上げて、失神から覚醒する土方。普段なら、それでもすぐに俺の姿を確認して縋り付いてくるってのに、床に突っ伏したまま、小刻みに震えるだけで、なかなか顔を上げられない様子。

まァ、こんな無茶苦茶したの、初めてですからねィ。身体も、いい加減限界以上なんだろう。

***

冷水をぶっかけられて、無理矢理叩き起こされたんだ…ってことはわかったんだけど、俺はすぐには動けなかった。背中や尻の傷を冷水が刔る激痛、縛られて無理な体勢を強いられていたせいで動かない関節、言うことをきかない俺の全身の筋肉。

「ぁあ…ぁぁぁ」
おまけに叫び過ぎて枯れちまって声すら出ない。

ようやく肘をついて顔を上げたけど、自分がいる場所がどこだかわからなかった。でも、そんなものは、どうでもいい。ぼやけた視界の中、俺を嘲(あざけ)るように見下ろしているはずの総悟の姿を探す。

『唆(そそのか)したのは辰馬なんだし、近藤も覚えてないんだから、黙っといた方がいいと思うぜ』って言う、高杉の意見を無視して、総悟に浮気を告白したのは一昨日だった。いや、高杉の忠告を無視したわけじゃない。黙っているのが、耐えられなかったんだ。総悟に、隠し事をするってことが。

それで、どんな目に遭うのかなんて、だいたいわかっていたけれど。

「そ、ご…」
上半身の体重でさえ、支えきれなくて、ぶるぶる震える俺の手の甲を、思い切り靴底で踏み付けられた。

「ひぃぃぃ、ぃぁぁああぁあっ、ああぁ…」
掠れて、途切れ途切れにしかならない俺の悲鳴。

手の甲を踏み潰される激痛はあったけれど、でもそこに、総悟がいてくれるんだって安心感の方が強い。俺にこんな、痛くて辛くて苦しい、気持ちいいことをするのは総悟だけだから。

「そ、ご、…そう、ごっ!」

浮気ってのは、1人でできるモンじゃない。俺が浮気相手の名前を告げた瞬間、瞳孔を見開いて、信じらんねェって顔をした総悟の瞳から零れたきれいなしずく。殴られるより蹴られるより、そっちの方がよっぽど、痛かった。まだ、怒りって感情に身を任せた総悟に、ボコボコに殴られる方が、全然マシだった。

肩を使って、ようやく呼吸する俺が、手を踏まれたままなんとか上体を起こすと、総悟は足を離して俺の前にしゃがみ込む。ぼやけた視界に、やっと入ってくる総悟の綺麗な顔。いつもと違うのは、その綺麗な顔が、俺が今まで一度も見たことがないくらい、哀しい表情を浮かべていたってことだ。

「そう、ご、ごめ、ん、なさい」
やっぱり途切れ途切れにしか声は出なかったけど。俺はありったけの気持ちを込めて、総悟の足元でうなだれた。総悟の靴に、額を押し付けて。

「トシ…、十四郎」
名前を呼ばれて顔を上げる。やっぱり総悟は、今にも泣きそうなくらい、哀しい表情を浮かべていて。総悟にそんな顔をさせてしまったのは俺なんだって、罪悪感で胸がいっぱいになる。苦しい。

「総悟、ごめんなさい」
俺がこういうふうに、ボロボロになったくらいで総悟の気が晴れて許してくれるのかどうかはわからなかったけれど。

「十四郎…、俺が、俺がどれだけ、お前のこと…」
苦しそうに言葉を吐き出す総悟の顔を、見ていられなかった。こんな汚ェ俺の身体で総悟に勝手に触れることなんて許されてなかったけど、後でどうなってもいい、とにかく今はって。動かない身体に鞭打って、最後の気力を振り絞るみたいに俺は総悟の身体に腕を回して胸に顔を埋めて抱き着いた。

「総悟っ、総悟っ…、ごめんなさい、ごめんなさいっ…」
言葉を覚えたてのオウムみたいに、俺の口からは同じ言葉しか出てきやしない。いつの間にか、ボロボロ涙を流して泣いてしまっていた。

「俺が、どれだけお前のこと、好きだと思ってんでさァ」
馬鹿十四郎って、言いながら、総悟の腕が俺の背中と頭に回って裂けた皮膚に爪を立てられる。死ぬんじゃないかってくらいの激痛に血が流れてるのがわかったけど、俺は相変わらず、言葉を覚えたてのオウム。

「今度浮気したら、こんなもんじゃ許さねェからな」
総悟の言葉で、俺の鳴咽は一瞬治まった。

(じゃあ、じゃあ、今回は…?)
許してくれるってのか?俺を?

「ほら、顔上げろ」
「んあっ…」

頭に回されていた手で、髪の毛をわし掴みにされて、無理矢理顔を上げさせられたと思ったら。目の前にある総悟の顔と、唇に柔らかい感触。それは、あまりに突然で、キスされてるんだってことに気付くのに、えらく時間が掛かってしまって。

「んっ、んぅっ、…ふっ」
口の中に総悟の舌が入ってきて、掻き回される激しいけど、優しくて甘い、長いキス。また、涙が溢れてきた。

もしかしたら、このまま捨てられるのかもしれないって、考えてたから。また、総悟がこんなキスをしてくれるなんて思ってもいなくって。

唇が離れた瞬間、名残り惜しそうに間に引いた透明な糸は、俺の心を代弁しているみたいだと思った。

「ほら、土方っ!起き上がれますかィ?」
もうすっかり、いつもの調子に戻った総悟に、脇の下に腕を通されて、近くにあった長椅子に座らされて。座れと言われても、身体に力が入らなくて突っ伏してしまったし、下になった尻の傷がズキズキ痛かったけど、もう、そんなものどうでも良かった。

この部屋の、片隅に転がっていたビニール袋から取り出されたのは、傷薬と包帯と、湿布。

「じ、自分でやるっ!」
慌てたけど、総悟に黙って座ってろって命令されて。ちゃんと座れてないけど、そこはお咎めナシみたい。

「坂本の野郎、さすがでさァ。救護班言いくるめて、貰ってくれたんでさァ」
総悟が、9号館からここに移動するまでの間のこと、俺が意識を失っている間のことを話してくれる。

「執行委員長だかなんだか知らないけど、坂本はずいぶん友達がいるみたいでさァ」
多分委員長だからってのは理由の1つであって、一番の理由はアイツ自身が男も女も関係なくナンパしまくるんだろうけど、って総悟は笑って。

それだけ、坂本はいろんな人に声をかけられまくっていたらしい。そして、ほとんど全ての人間が、総悟をワケ知り顔で見た後に、坂本が背負っていた俺を不思議そうに見つめていて。

総悟が、高杉と自分が、身長が一緒だったことを思い出したのは途中からだという。

だから、みんなのワケ知り顔の理由も『坂本君、今日はその子と一発するのね』なんて意味だったんだろうって、理解してしまって、総悟としては、冗談じゃない!と思ったらしいけれど。それでも、こんな広い大学構内で、ナビ代わりになって、尚且つこうやって手当てする物資と場所まで調達してくれたのだから、文句は言えないと言う。

「トシ、今日のこと、高杉に言うつもりねェだろうな?」
理由はどうあれ、がっつり土方とヤってしまっていた坂本は、浮気以外のなにものでもなく。坂本自身が一番、深く考えていなかったように思うけれど。

「まさか…!アイツ泣かせるだけだし、これ以上ややこしくなっても…」
元はと言えば自分を唆したのは坂本なのに。唆されて誘惑に負けてしまった自分が一番悪いとは言え、なんで坂本が、総悟のお仕置きに参加することになったのか、イマイチよくわからない。まぁ、俺の大学ってアウェーで、総悟が電話で呼べるような人間が他にいなかったと言ってしまえば、それまでだけど。

俺の身体にすっかり包帯を巻き終えた総悟は、ビニール袋の横に置いてあった鞄の中から、俺の着替えを取り出した。

「総悟、コレ…」
「さっきまでトシが履いてたパンツなんて、精液まみれでとてもじゃねェけど履けやしねェぜ」

そうなることが最初からわかっていて、ちゃんと着替えを用意していてくれたことに感動する。お尻に湿布を貼って、その上からゆっくり下着を履かせてもらって。クタクタの身体は、総悟の支えがないと、満足に立つこともできやしない。

結局、ジーパンも長袖Tシャツも総悟に着せてもらって、ぐちゃぐちゃになってしまったメイド服はどろどろの下着と一緒にビニール袋。洗濯するのは俺だから、いいか。

「そろそろ模擬店も終わる時間じゃねェですかィ?」
総悟に言われてようやく、俺は時間の感覚ってものを取り戻した。朝からずっと、何時間責められっぱなしだったのか。

動けない、身体が動かない。この長椅子で良いから寝たい、って思ったけど、総悟に引っ張られて、総悟の肩を借りて何とか俺はそこの更衣室を後にする。こんな場所の鍵を持っていたのはやっぱり坂本らしくて。

プールが入った建物から剣道場は意外と近かった。近かったけど、今の俺にはとんでもなく長い距離に感じられて。でもずっと、総悟が支えてくれてたから、この辛さすら嬉しかっただなんて。

明かりの消えたままの剣道場には、まだ誰も帰ってきてはいないみたいだった。もう少ししたら、みんな後片付けのために戻ってくるんだろう。

結局今日も全然みんなの役には立てなかったなぁって思いながら。剣道場の端に座らされて黙っていると、1日中責められていた身体は疲れきって、睡眠を訴える。隣に俺を許してくれた優しい総悟がいるって安堵感も手伝って、俺はいつの間にか、ウトウトと眠りの中に落ちて行った。

***

「へェ、お前ら、仲直りしたんだ」

セーラー服を着替えるために、一足早く剣道場に戻ってきたら、電気がついていて。隅っこの方で、だらんと伸ばした沖田の両脚の上に頭を乗せて、すっかり眠りこけている土方がいた。沖田の左手は土方の頭の上で、起こさないように優しく撫でてる感じ。

「あたりめーだろィ?喧嘩を2日も引きずったの、初めてでさァ」
しらっと言ってのける沖田が憎たらしい。悪かったな悪かったな、どうせ俺と辰馬は引きずらないことの方が少ねェよ。下手すりゃ1週間以上引きずってますよ。

「で?お前、土方許したの?」
土方は寝てるし、沖田しかいないんならいいやって、俺は更衣室には入らず剣道場の中で普通に着替え始めた。ああ、慣れって恐ろしい。けど、元々沖田はセフレなんだしな、今更、裸見られるの恥ずかしがったって仕方ない。もっといっぱい、恥ずかしいトコ見られてるんだし。

「高杉に言われるとは思わなかったでさァ」
「むっ」

ああ、こんのガキ、ホントにムカつく!憎たらしい!どうせ俺は、辰馬の馬鹿の浮気、毎回毎回許してますよーだ!でも、それって、やっぱりそういうことだ。

「まー、お前、めちゃくちゃ土方に惚れてるもんな」
「うるせー、高杉」
そう、結局は好きだから許してしまう。

普段は、どっちかって言うと、土方の方が沖田に依存してる感じだし、沖田は俺と浮気なんかしたりして、冷めてるように見えるんだけど。本当は土方がいなくちゃ生きていけねェって、思ってるのは沖田の方なんだ。
あんまり言うと、堂々とノロケやがるからやめておくけど。今は土方が寝てるから尚更だ。沖田のヤツ、土方の目の前では絶対ェそんなこと言わねェくせに。土方可哀相になァ、聞かせてやりてェぜ。
話し相手が俺しかいないとき、油断してんのかなんだかわかんねェけど、俺にしゃべる『俺はこんだけトシが好きなんでさァ』みたい話。まぁ、どっちみち、態度でコイツの愛情は伝わってるんじゃないのかなぁって、第3者から見たらそんな気もするんだけど。でなきゃ付き合ってらんねェと思うから。

「沖田ァ、長年付き合ってる恋人に、初めて浮気された感想は?」
土方の浮気が初めてかどうかなんて知らなかったけど、きっとそうだろうって、勝手に決め付けて。浮気できる程器用な性格じゃねェと思うから、土方って。…俺もだけど。

「そんなもん聞いて、どうすんでさァ?」
呆れたように溜め息をつきながら、だけど、俺しかいないって安心感なのか、不意に真剣な表情を作った沖田が。

「十四郎の前で、初めて泣いちまった」
ポロっと口にしたのは意外な言葉。ほんの軽い気持ちで聞いちまったことを後悔したくらい。だって、あの沖田が泣くなんて。

「高杉テメェ、俺の泣き顔が見たかったとか思っただろィ」
でも、すぐに沖田の方からいつもの調子に戻ってくれて。

「あー、そうだなァ、泣く前に俺も呼べよ!一生ネタにしてやんのによぅ」
「ふざけんじゃねェっ!お前になんか見せるわけねーだろィ!…高杉の泣き顔は、何回も見てるけどねィ」
「うっ…」

くそー、このドS!!初めて会った日の別れ際に、俺が新宿駅の改札前で泣いたとか、土方のマンションで、号泣しながら辰馬と仲直りした話を持ち出すだけならまだしも、コイツのことだからきっとっ!

「もー、高杉は全身敏感だからァ、すぐイイ声出して泣くんでさァ」
「うるせぇっ!!」
やっぱり!絶対言うと思ったコノヤロー!

俺の怒鳴り声に、それまで眠っていた土方の肩がピクンと跳ねる。
「あ、悪ィ」
もう遅いのはわかっていたけど、慌てて口を塞ぐ。でも、よほど疲れているのか、土方は起きなかった。

「土方、だいぶ疲れてんなァ?お前らもウチ泊まるかァ?」
何たって、大学から土方のマンションまでは、電車で40分以上かかる上に面倒な乗り換えが2回もあるから。俺達のマンションなら、駅3つだけど。

「お前が嫌じゃないんだったら、だけど。近藤が車で来てるから、土方が起きなかったら乗せてもらえばいいと思うし…」

もちろん、俺は今日もその予定。近藤は結局、大学祭が終わるまでウチに居座ることにしたらしいけど、辰馬に聞いたら昨年も一昨年もそうだったって。今年は俺がいるからって遠慮して、自分から言ってこなかっただけらしい。

沖田にとっても、近藤は兄貴分だけど、今回何たって土方の浮気相手はその近藤だからな。近藤は全然記憶にないんだけど。

「じゃあ、1回近藤さんに聞いてみまさァ」
自分はともかく、トシだけでも車に乗せてやってくれって、だって。そんなに土方が心配なら痛めつけなきゃいいのにって俺は思うけど、まー、ドSとドMの心理は俺にはよくわからない。でも、それは置いといても、2人のことを良く知る近藤だからこそ、片方だけ送るなんてことはしねェと思うんだけどな。

着替え終わってからもだいぶしゃべっていたせいか、みんなが後片付けの荷物を持って剣道場に引き揚げてくる。

「高杉っ!!帰って来ねェと思ったら、何サボってんのォ!」
ずいぶんそのナース服が気に入ったらしい銀時が跳びはねるように剣道場の中に入ってきて。

「わぉ!土方君、寝顔カワイイっ!」
「触んじゃねェ、エロナース!」
「ちぇっ、ごめんなさいよ〜」

沖田に睨まれて、あっさりと銀時は諦めたみたいだ。感心感心、沖田は怒らせたら怖ェぞ。しつこく絡むようだったら、俺が止めようと思ってた。

次々と部員達が帰ってきて、だいぶ煩くなったけど、土方が起きる気配は全然ない。よっぽど激しくヤられまくったんだろうなぁ。

「どうだぁ?総悟、トシの容態は?…ああ、駄目かぁ…」
結局最後まで、近藤は、熱でもあって土方の具合が悪いものだと信じ切ったらしい。おめでたい頭だな、まったく。ノンケって、こんなもんか?いやいや、近藤だけだよな、たぶん。

「高杉ィ、トシがこんなんだから、この2人もお前んとこに…」
「ああ、俺もさっき、沖田に言ってたんだ」
辰馬は駄目って言わないと思うからって、俺が言ったら、近藤はどこかに電話をかけ始めて。

「あー、東城かァ?悪ィけど、お前は電車決定だァ………お前なァ、180円くらい出せっての!」
どうやら、土方の体調次第で近藤は東城を送るという約束をしていたみたいだ。ってか180円ってことは、やっぱり東城も今夜はウチか?…まァ、予想通りっちゃー予想通りだけど。明日も来るつもりの東城が、270円も出してわざわざ自分の家になんか、帰るわけないもんな。近藤の車には、剣道部の子が2人と俺と銀時と、沖田と土方が乗って…、ワンボックスだから、東城が乗れないこともない気がするけど。あ、荷物があるんだった。

動かしても全然起きない土方は、近藤に担がれて車に乗せられて、あとは沖田が隣で支えてウチのマンションに到着。沖田の馬鹿は、眠ってる土方を見つめるその顔、写メに撮って土方に見せるぞ?ってくらい、愛おしそうに土方の肩を車の中でずっと抱いてて。銀時すら突っ込まないんだから相当だぜ?

今日も辰馬は遅くなるって言ってたけど、その帰りを待たずにやっぱり宴会は始まってしまう。

東城は、最後まで幾松さんの手伝いをしていたらしくって、2人は一緒に、マンションに現れた。東城お前、電車代、幾松さんに出してもらっただろう?

「みんな、まだあと2日あるのよう?打ち上げは早いわよう」
昨日は来てなかった幾松さんが呆れてる。

「昨日もこうデシタ」
それでもアイツら、朝早く学校行きました…って、ほかに言いようがなくて、俺も呆れて元気な近藤や沖田達を見ていたんだ。

「あ、あっちの部屋、土方が寝てるんだけど…、幾松さん、どうしよう?」
まさか俺と辰馬のベッドで寝るわけにもいかないだろうし。俺は絶対何もない自信あるし、幾松さんには、何回かヒドイ寝起き見られてるから構わないけどさ。一応俺の部屋に布団は2組敷いてあるんだけれど。

「いいよ、一緒で。土方君なら大丈夫なんでしょ?」
決まりだ、沖田は寝たいなら、土方と一緒に1つの布団でくっついて寝やがれってんだ。

「ハイ、たとえ隣に沖田が来たって、2人共超がつくほど安全パイデス」
特に沖田なんか生粋のゲイです。土方は知らねェけど、たぶんアイツも話に聞いた沖田と付き合い始めた時期を考えたらほとんど一緒。

例えば、幾松さんが目の前で着替え始めたところで2人共無反応デス、勃ちマセンきっと。それどころか、土方の方が、着替える時に『いやぁ、見ないで〜』の類の言葉、言いそうだもんな。

宴会してる近藤や東城や銀時や、後から加わるだろう小太郎や辰馬は放っといても座布団取り合って床で寝るだろうから、心配はない。 辰馬はベッド来るけど。

俺も今日は頑張ったから、ちょっとくらいなら飲んでもいいかなって思って、幾松さんの次にさっさとシャワーを浴びた後、宴会の輪の中に加わった。これだけ人数がいたら、とっとと浴びておかねェと順番待ちなんかしたくない。自分ん家だってのに。

俺らが女装するお礼で、近藤が持ってきたビールの、今日の1本目を飲んでいたら、辰馬と小太郎の2人が一緒に帰ってきた。

「しーんー、ただいまぜよー」
もう、慣れてるヤツばっかりだからいいけどよ、イチイチ帰ってきたくらいでみんなの目の前で抱き着いてキスすんなっつぅの。嬉しいけど……って、アレ?

「辰馬、お前、なんか、香水臭い」
シャワーを浴びてなかったら、俺の方が炭火の煙や煙草臭くてわからなかったかもしれない。

「ほーかぁ?」
辰馬は自分の洋服の袖や胸あたりの臭いを嗅いでいるけど。たぶん、そこじゃねェ。

「多分アレだ、高杉。さっきウチの1年の子が、部室でファブリーズの詰め替えを失敗して零したらしいんだ」
俺はその場にいなかったんだが、って言ってる小太郎が、ちょっとだけ焦っているように見える。

(絶対怪しい。ってか、零したファブリーズが首筋になんか着くか?もしかして、小太郎もグル?)

胸が苦しくなって泣きそうになった。だけど、せっかくみんなで飲んで騒いでるこんな場で、辰馬を問い詰めたり喧嘩したくはなくて。それに、問い詰めて疑いが確定に変わってしまったら。…どうしよう、俺、もう…って。なんでこんなに、俺の直感は鋭いんだろう。鈍い人間だったら、気付かずに済んだことだと思う。

「そーなんだ。でも、その臭い好きじゃないから、早くシャワー浴びて着替えろよ」
結局俺の口から出たのはそんな言葉。もう、いい、余計なことは、知りたくない、聞きたくない。

「おー、すまんのう」
その時シャワーには誰も入っていなかったから、辰馬はそのまんまお風呂場に向かって。

今日は言うの止めようって決めたんだけど、やっぱりなんだか、喉に魚の骨でも刺さったみたいに何かがつかえて気分が盛り下がってしまったのは否めない。俺は、ビールを1本だけで終わらせて、さっさと寝室に行って1人で横になった。俺が先に寝るのはいつものことだから、酒がなきゃ生きていけねェのかってな感じで宴会を続けるみんなは、特に何も思わなかっただろうけど。

そういえば阿音さんは『最大の危機が』なんて言ってたけど、もしかして、こういうことなのかよ?頬を伝っていく涙は、俺の意思だけじゃ止められなかった。

***

風呂から上がった坂本は。

「桂、ありがとうの」
「2度とゴメンだからなっ!」
わざわざ玄関に出て、小さな声で桂に謝っていた。

「あんな言い訳じゃ、たぶん晋助は納得してないぞ?」
「ほーかもしれんのぅ」

頭をがしがし掻く坂本。そこに、トイレと言って抜け出してきた沖田が加わり、水泳部の更衣室の鍵を返しながら。

「坂本、お前、あの後また誰かとヤったんですかィ?」
「ちっくとモノ足らんくてのー。ちょうど、こないだ声かけたテニスサークルの女の子に誘われての」

全く悪気がない口ぶりで告白する坂本。テニスサークルだなんて、陰で合コンサークルと呼ばれるところの子にまで声をかけていたかと、コイツは本当に、ヤルだけなら誰でもいいんだなと呆れる桂。わかってて誘う相手がいるから不思議だ。

「坂本、頼むから委員会の車だけはやめてくれ」
坂本は、車なんぞでコトに及んでいたがために、桂に目撃されてしまったのである。

「仕方ないぜよ、今日は沖田君にコレ貸しちょったからのー」
やっぱりそういう目的で持ってた鍵なんだと、今更ながら沖田は思わずにはいられない。この鍵さえあれば、さっきのように高杉に香水の臭いを突っ込まれることもないのだから。

(ってか、コイツのは、もはや絶倫通り越して病気でさァ)
「お前ら、何やってんだァ?」
なかなか玄関から帰って来ない3人を呼びに来た近藤。

「おー、今行くぜよォ」
毎夜毎夜の宴会と共に、大学祭の初日は幕を閉じた。


続く



えー、やっと初日が終わったのか?って、一番信じられないのは高階デス。今回本文書くよりタイトル決めんのに時間かかりました(汗)「涙の跡」と「涙の後」ってWの意味を持たせたかったのでひらがなになってます。土方君、許してもらえて良かったね






















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