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夏休みはあっという間に終わって、2学期が始まった。

高く青い空の向こうに見つけた太陽 18


「だから11時って言ったじゃねェか!」
病室に行くと晋助の姿がなくて、探してみたら、廊下の一番端のトイレで電話をかけていた。

「晋〜?」
「あっ…やっぱりいいよ。先に帰ってるから、2時に家な」
もう二言三言話した晋助は通話を終えて歩み寄ってくる。

「辰馬、学校は?」
「今日は休み取ったんじゃ」

晋助の退院の日じゃから、と笑う辰馬に馬鹿だなと思いながら抱き着いた。トイレには今は2人きりしかいないから。

「今の電話は?」
「母さん。退院の時間間違ってたみたいで、11時に行けないとか言うからさ…」
でも、辰馬が来てくれたからもういいや、と思う。

さすがに2ヶ月も入院していたら荷物もそれなりにあって。電車で1人で持って帰るのはキツイ。ほとんど下着とか身の回りのモノなんだけど。

「病室戻ろうかの」
「うん、着替えなきゃ」
退院の日だというのに、晋助はまだ病院着のままだった。

この2ヶ月の間に、何度か2人で買い物に行って俺の着替えは何着にも増えている。
病室に戻って私服に着替えたらちょうど看護士が訪ねて来た。

「高杉君、退院おめでとう」
こんな日まで一緒にいるのが保護者じゃなくて担任であることに少し驚きながら退院に関する説明をしてくれる。

「じゃあ、お大事にね」
看護士は辰馬に頭を下げて病室を出て行った。

「さて、帰るかの?」
着替えが入った紙袋を持った辰馬と一緒に2ヶ月過ごした病室を出た。

***

辰馬の車で久しぶりの家に帰った。玄関先で戸惑っている辰馬の腕を引いてやる。
「誰もいないから、遠慮しねェで入れよ」
まっすぐ俺の部屋に向かって荷物を置いた後は辰馬に抱き着いた。

「今日休みなんだろ?」
「そうじゃけど、お母さん来るんじゃろ?」
「母さん来んの2時。…なァ、しよ?」

辰馬の背中に腕を回して、胸に顔を埋めたまま小さく呟いた。俺から言うことなんて滅多にないのに。
「晋助はエロいのぅ」
俺の頭を撫でながら、それでももう一方の腕で身体をぎゅっと抱いてくれた辰馬が、2ヶ月使ってなかった俺のベッドへと誘(いざな)った。

「お前のせいだろ?お前があんな…」
気持ちいいセックスするからじゃねェか、とはさすがに口にできなかった。

「晋助の退院祝いじゃな」
覆いかぶさるように、ベッドに押し倒されて唇を重ねられた。
辰馬の首に腕を回して、俺はその、幸せなキスを全身で享受した。

***

リビングに降りて、ソファに転がってテレビを見ていたら母さんが帰ってきた。ソファに座って俺の頭を膝の上に乗せている辰馬を見て、母さんはやっぱり驚いたけど、それも一瞬で。あっさりと、何度か顔を合わせた辰馬と挨拶を交わしていた。

「晋助、荷物は?」
「ん、せんせーに運んでもらった」

起き上がって3日ぶりに会う母親の顔を見た。母さんは、お見舞いには来てくれていたけど、さすがに毎日というわけにはいかなかった。

「この後また仕事だろ?」
キッチンに向かった母親を追い掛ける。忙しいことなんて最初からわかってるから、時間を無駄にはしたくなくて。

「お昼ご飯食べた?」
「まだ。いいよ、何か食べに行くから」
ごめんね、と言いながらほとんど何も入っていない冷蔵庫の中身を確かめている母親。

「晋助、明日からは遊びに行ってもいいから、今夜は家にいてね」
「なんで…?あ、もしかして」
母親に言われた言葉で閃いたことがある。

「そう、お父さん帰って来るから」
海外担当になってから、1年の半分以上は日本にいない父親。さすがに俺の退院に合わせて帰ってきたとは思わないけれど。

「わかった」
「夕方また帰ってくるから。先生、ゆっくりしていって下さいね」

慌ただしく母親はまた玄関へ向かった。別に見送りに出る程のことでもないだろうと思ったのに、辰馬がソファから立ち上がった。

「お母さん…」
「先生、何のお構いもできなくて」
靴を履きながら携帯を開いた晋助の母親を玄関で呼び止めた。

「わしは構わんのですけど」
不思議そうな顔で自分を見上げる晋助の母親。晋助は母親似で、きれいな整った顔だちをしている。小柄なところも、晋助は母親似だろうか。

「し…高杉の側に、もうちょっと居てやることはできませんか?」
晋助と言いかけて、慌てて、慣れない標準語でそう言い直してみた。晋助が本当は寂しいのだということを、自分は散々見て来たから。

「先生、私の実家北区なんですよ」
「…え?」
北区と言えば、すぐそこだ。自転車でもあればすぐ行ける。

「私が仕事に復帰した時と、今のように忙しくなった時、少なくとも2回はあの子に聞いたんですよ」
『おばあちゃん家に住むか?』と。小学生と中学生だった晋助は、どちらの時も、それは嫌だとハッキリ言ったのだという。自分はここにいると。

「じゃけど、明日は遊びに行っていいってのは…」
「坂本先生」
キッチンでの親子の会話を聞くつもりはなかったのだ。だが聞こえてきてしまった。

静かな声で晋助の母親は坂本に告げた。
「あの子があんなに教師に懐くのは先生が2人目です」
「え?」

なんだ、初めてじゃなかったんだと、ほんの少しだが、がっかりしなかったわけじゃない。

「最初は幼稚園の時でしたから、晋助が先生の名刺を大事に持ってたとか、初めてなんですよ。」
(あ、そうなんじゃ)
晋助の心を開けたのは自分1人だけなのだと思ったら、ちょっと嬉しかった。純粋に、教師としての立場で心を開かせたわけではないけれども。

「晋助をお願いします」
最後にそう言って、晋助の母親は仕事に出掛けて行った。
リビングに戻ると、相変わらずソファに寝転がった晋助が昼ドラを見ていた。

「何話してたんだよ?」
「なんでもないぜよ」

リビングの入口に立ったままでいたら、晋助がポンポンと頭の上のソファを叩いた。ここに座れという意味だ。黙ったまま座ったら、さっきのように頭を膝の上に乗せてくる。甘えたいんだろうと思って頭を撫でてやった。

祖母が近くに住んでいるのに、そこへは行かないとハッキリ言ったという、幼い日の晋助。寂しくて寂しくて毎夜毎夜遊びに出るくせに。

「晋…」
明日からまた遊びに出るのかと、夜の街に繰り出すのかと、尋ねたいのになかなか言い出せない。

「辰馬って、1人暮らしだよな?」
言いあぐねていたら、いつの間にかテレビを見るのをやめた晋助が自分を見つめていた。

「ああ、うん、そうじゃけど」
「明日お前ん家行っていい?」
「!!」
ああ、どうして自分はそこに気付かなかったのだろうか。晋助の寂しさを、自分が埋めてあげることができるなら。

「構わんぜよ。いつでもおいで」
そのかわり、学校にもちゃんと行くんじゃよと言ってやったら、少し不満そうな顔を見せた。

「当たり前じゃよ、明日からまた学校の始まりじゃからの」
「ちぇっ。そーゆー時だけ教師の顔すんじゃねェ」
身体を丸くして、膨れっ面の晋助の額に唇を押し当てた。


続く






















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