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あの日以来、ますます辰馬のことが気になって仕方ない

高く青い空の向こうに見つけた太陽 15


辰馬が口で『してくれた』あの時。意に反して口から飛び出した声に、自分が一番驚いた。今まで、相手を喜ばすために、わざと声を上げてやったことはあっても、あんなのは、初めてだ。

驚くと同時に、胸のあたりがぎゅぅっとなって、締め付けられたみたいに苦しくなった。
何がなんだかわからないうちに、強烈な射精感に襲われて、たまらず辰馬を引き離していた。

それからは、2日と空けず、深夜のトイレに1人で篭るようになった。あの時の辰馬の舌づかいを思い出しながら。我ながら変態だと思うけど、ヤリたくて仕方ない年頃なんだ、しゃーねぇだろうと自分に言い聞かせる。

でも、最近は、ただヤリたいだけじゃなくなってきている。辰馬がいい。辰馬としたい。

「あー、俺ってネコだったんだなー」
呟きに答える者は誰もいない。金を払った相手に望まれれば、タチでもネコでも、どっちもやるのが『杉クン』の主義だったはずなのに今はどうだ?

悔しいけど、辰馬は上手かった。まさかあんなに急に、あんなことされるとは思ってはいなかったんだけど、なんとなく予想はしていた。大嫌いだったはずのキスが、辰馬となら嫌じゃなかったから。とろけるような、だんだん痺れてきて頭が働かなくなる、あんなキスをする奴は初めてだったから。嫌いだったから、もう俺は何年も、セックスはしてもキスはしてこなかった。拒み続けてきた。キスして欲しいなんて思ったのは、辰馬が初めてだ。

隠し持ってきた携帯を開く。かけてみると、夜中だというのに、寝ていただろうに、幼なじみはすぐに電話に出た。

『…どうしたんだ、高杉』
寝起きの声だけど、小太郎は俺とは違うから、普通に会話が成り立った。

「どうしよう、小太郎。すげー、苦しい」
『傷が痛むのか?…だったら意地張ってないでナースコールを』
「違うんだよ。なんか、わかんねェけど、すげェ、胸が苦しい」
『……』
あー、なんで俺、こんな深夜のトイレで泣きそうになってんだろう。

『晋助』
幼なじみは珍しく、俺を名前で呼んだ。

『それは、電話する相手が間違ってるぞ。俺じゃなくて、ちゃんと坂本先生に電話するんだな』

「俺、お前に、坂本だって、言ったっけ?」
気になって仕方ない、ずっと考えてしまう相手。

『いや、ちゃんとは聞いてないが、バレバレだったぞ』
「…まじ?」

小太郎が見舞いに来た時、なんと言って相談したのかなんて、もう一字一句覚えてられるわけがない。

『晋助、先生が出なかったり、先生に電話してもまだ解決しなかったら、もう一度かけてきていいから。とりあえず先生にかけてみろ。番号、知ってるんだろ?』
「うん…サンキュ、小太郎」

待受画面に戻った携帯を黙って見つめていた。番号は知っている、それもだいぶ前から。でも、まだ一度もかけたことがない相手。

名刺をもらったのは5月だった。それからしばらくは、名刺の存在すら忘れていた。

制服が、夏服に移行したくらいのある日に、母親が珍しく1日家にいて、俺はその日学校にも行かなかった。その時母親が、『クリーニングに出した学ランのポケットに入ってたわよ』と坂本の名刺を渡してくれて。『別にいらねェよ』って言ったんだけど、母親に『せっかくだから持っておきなさい』って言われて、なんとなくズボンのポケットに入れておいた。その時に、母親と一緒になって、アドレス帳に登録したんだった。

だから、母親の携帯にも、辰馬の番号が入ってる。絶対かけることなんてないだろうに。

しばらく悩んでようやく、俺は発信ボタンを押した。

時刻は夜中の3時過ぎ。普通に考えたら、出るわけない時間なのに、コール5回で、辰馬は電話を取った。

『もしもし』
「……」
なんだか、声を聞いただけで泣けてきた。何にも言えない。これじゃ、無言電話の嫌がらせじゃないか。

『晋助か?』
「なっ…」
『晋助なんじゃろ』
なんでわかったんだ。俺の番号なんて知らないはずなのに。

「た…つま…ァ」
『どうしたんじゃ?なんで、泣いとるんじゃ?』
やっぱり、こんな声じゃ、泣いてることはすぐにばれてしまった。

「辰馬、苦しい。…苦しくて、死にそう」
言葉に出したら、ますます涙が溢れてきた。

『どっか、痛いがか?』
反応が、小太郎と一緒で、ちょっとだけ、おかしかった。

「違う…。……辰馬に会いたい」
顔が見えないってのは便利なもので、勝手に口が言葉を紡いでいた。
『…!!』

***

『毎日来い』と言われた約束を、一度たりとも違えたことはない。
もちろん今日も、数時間前の面会終了時間ギリギリまで病院に居座った。

たまたま、夏休み中の補修の課題を作っていて、パソコンの前に座っていた。高杉の見舞いに時間を取られる分、最近はいつも睡眠時間が削られる。それは、苦痛でもなんでもなかったが。

疲れた目を休ませていたら、携帯が鳴った。こんな時間に誰だろう。知らない番号からだ。いつぞやのこともあるから、知らない番号からの電話でも、取らないわけにはいかない気がする。

不思議に思いながら電話を取ると、無言電話。でも、なぜか、切ってはいけないと、心の中の何かが叫んでいた。

「晋助か?」
それは、ただのカンでしかない。

『なっ…』
ああ、そうなんだと確信した。やっと、かけてきてくれたんだ。

「晋助なんじゃろ」
受話器の向こうの人物が、息を飲むのがわかった。

『た…つま…ァ』
やっぱり晋助だ。だけど、声が、震えてる。

…泣いてる?

「どうしたんじゃ?なんで、泣いとるんじゃ?」
正直焦った。何かあったのだろうか。

『辰馬、苦しい。…苦しくて、死にそう』
言ってから、ますます泣き出したのがわかる。

「どっか、痛いがか?」
傷がそんなに痛むのだろうか。聞いてやることしかできないのが辛い。

『違う…。……辰馬に会いたい』
「…!!」

信じられなかった。数時間前まで一緒にいたのに、まだ会いたいと言われるとは。しかも、苦しいと、泣きながら訴えられる理由は自分なのか。

「わしも、ものすごく晋に会いたいぜよ」
『辰馬ァ…』
「今すぐ行って、抱きしめてやりたいの」
叶わないことはわかっているけれど。

『…うん』
しゃくりあげて泣き出した晋助に、何を言ってやったら良いのだろうか。気休めの言葉なんていくら伝えても、賢いこの子には、すぐ見抜かれてしまうだろうし、何の助けにもならない。

「わしも、晋のこと考えとると、胸が苦しいんじゃよ」
『…辰馬も?』
「晋のこと、大好きじゃからの」
電話をしてきてくれたというだけで、こうやって、電話で話せるだけで幸せだと思える程に。

「好きで好きで、どうしようもなくて、苦しいんじゃ」
今のような関係になれる前、顔を合わせる度に拒絶されていた時と今では、違う種類の苦しさなのだけれども。

「晋、愛しとるよ」
『っ…っくっ…、辰馬ァ』
気持ちを伝えたら、晋助はますます泣き出してしまった。ああ、どうしよう、声だけしか届けられないのがもどかしい。

「晋、泣かんといて」
『…っ、…だって…』
「明日は終業式じゃから、いつもより早く会いに行くからの」
『そ…か』
(だったら、いつもより長い時間一緒にいれるのかな)

辰馬の声を聞いていると、安心すると同時に、どんどん涙が溢れてきた。自分が入院している間に、とうとう1学期が終わるんだと思った。

「晋、いつでも電話してきての」
『…いいのかよ?』
遠慮がちに返ってきた声までもが愛おしい。

「ちゃんと登録しとくからの。授業中は出れんのじゃけど…」
『馬ァ鹿、授業中になんか電話しねぇよ』
ようやく、少しだけ笑った声が聞こえた。

「ところで晋、今どこにおるんじゃ?」
『今?…3階のトイレ』
「なんで3階なんじゃ?」
3階は、産婦人科病棟で、男子トイレはほとんど人が来ないのだと、笑いながら高杉は応えた。

「…晋、泣き止んだがか?」
『泣いてねェよ』
よかった。いつもの晋助に戻っている。

『そー言えばお前、こんな時間に起きてたの?』
「んー?まぁ、ちくっと、の。課題作らんといけんかったんじゃ」
『こんな時間まで?』

不思議そうに尋ねてきた声に何と答えよう。本当のことを言ってしまえば、きっと優しい高杉は、自分のせいかと気にするに違いない。

「わしがやりたくてやっとるんじゃ、気にせんとって」
結局、嘘にはならない、ギリギリの返答しかできなかった。

『あー、そっか。お前…』
結局気付かれてしまったみたい。だけど、高杉もその先は言わない。

『…悪かったな』
寂しそうな声でボソリと呟かれたら、こっちが罪悪感を感じてしまう。

「わしは、晋に会いたくて行っとるんじゃよ、気にせんとって」
どれだけ仕事がたまっていても、後から自分がしんどいことがわかっていても、高杉に会いにいけない辛さの方がよっぽど苦しいから。

「晋に、会えない方が辛いんじゃよ」
『辰馬ごめん。…けど、…俺も会いたいから』
(会いに来て。毎日来て。毎日顔が見たい)
そんな、可愛いいことを言われて、会いに行かずにいられるわけがない。

「晋、愛しちゅうよ」
声だけで、どこまで伝わるのかはわからないけれど。

『俺も…。辰馬が好きみたいだ』
(この気持ちを好きと呼んでいいのかどうかは、まだわからないけれど)

言ってから真っ赤になっている晋助の顔が浮かんで、どうしようもなく抱きしめたくなった。電話って、便利だけどもどかしい。晋助が、病院じゃなかったら、今すぐ駆け付けるのに。

『辰馬、仕事まだ終わんねェの?』
心配そうに、晋助が尋ねてきた。

「そうじゃの、まだちくっと残ってるの」
本当は今夜は徹夜を覚悟しているくらい、だいぶ残っているのだけれど。

『じゃあ、切るわ。…少しは寝ろよ』
「ああ…、すまんの」
本当はもっと声を聞いていたいのだけれど。

「あ、晋…。今度はこっちからかけるきに!電話代、だいぶいったんじゃなかか?」
気付けばもう、1時間はしゃべっている。

『構わねーよ。無料通話余ってたはずだし』
「ほうか。…だったらいいんじゃけど」
『辰馬、…おやすみ』
「うん、おやすみ、晋」

通話は晋助から切られた。自分から切るのは、ちょっと勇気がいることだったから、助かった。
通話時間1時間6分32秒。こんなに電話したのも、誰かと『おやすみ』と言い合ったのも久しぶりだ。
晋助の電話番号を早速アドレス帳に登録する。明日、メールアドレスも教えてもらおう。

「晋、好きじゃ」
自分以外誰もいない部屋で、1人呟いてみる。

どうしてこんなにハマってしまったんだろうね。高校生で、自分の生徒で、まだまだ成長途上の子どもに。

少し身体を伸ばして、もう一度、仕事途中のパソコンと向かいあった。


続く



なんか思ったより長くなりましたーΣ( ̄□ ̄;)!






















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