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幼なじみが見舞いにやってきたのは、入院5日目だった。

高く青い空の向こうに見つけた太陽 13


たまたま俺は、鎮痛剤の効果が切れて、頭を抱えてベッドに丸くなっていた。

「高杉!…高杉、お前、大丈夫か?」
頭から被っていた布団を持ち上げる声が坂本じゃないなと思って、なぜだかよくわからないが、がっかりしたような気分になった俺がいる。なぜだ、どうして一瞬でも、そんなことを考えた?

「ヅラぁ…」
夏だっていうのに、伸ばされたその髪の毛は相変わらず長くて暑苦しい。

「お前、すごい汗じゃないか、本当に大丈夫なのか?」
桂は幼なじみだけあって、俺が入院しているからといって、大人しくベッドに寝てるような奴じゃないことがわかったんだろう。ただ、布団を被っていたからかいた汗だとは思わなかったらしい。

「あんま、大丈夫じゃないかもな」
掠れた声で告げると、桂はすぐにナースコールのボタンを押した。

「どうしてもっと早く呼ばないんだ?」
いつも、坂本が座っている椅子に腰かけて、首筋の脂汗をハンカチで拭きながら桂は呆れたように言う。

「これ以上針射されたくなかったんだよ」
言ってるうちに看護士が、注射の一式を持って現れる。それも、かなり太い注射。

「高杉君、ホラ早く腕出して」
「もう射すトコねェっての!」

まだ左腕には点滴が繋がっているから、注射は自然と右腕になる。なんでか知らないけど、左より右にされる注射の方が痛いから嫌なんだっつぅの。

椅子が置かれていない右側へと来た看護士にちょっとだけ抵抗を見せてみる。無駄だと知りながら。

「お前という奴は」
「別に注射が怖いわけじゃねェよ」
呆れながら、桂は座ったまま、俺の左手に自分の両手を重ねてきた。桂の手も、俺と同じくらいで、そんなに大きくなくて。

…って、さっきから、なんで俺は比べてるんだ?と、自己嫌悪に陥っている間に注射は終わった。
「すぐ効いてくるからね」
さっさと戻って行く看護士に、手を重ねたままの桂が俺の代わりに礼を言っている。
しばらくそうやっていると、本当に随分痛みがマシになってきた。

「高杉、結局のところ、どうしてこんなことになったんだ?」
桂がじぃーっと俺を見つめている。

「俺は何もしてねェよ」
「…銀八から聞いたんだが…女子高生を助けようとして、刺されたというのが本当で、いいのか?」
いつも真面目な奴ではあるんだが、なぜだか桂はいつも以上に真剣だ。

「知ってんじゃねェかよ。…結局コレだ、恥ずかしいからあんま言うんじゃねェ」
「…そうか」
ふぅっと息を吐いた桂から力が抜けたような気がする。

「学校では、変な噂が蔓延しててな。お前が、馬鹿なことしてないんなら、それでいい」
桂は桂で、誰よりも俺を心配してくれてるんだってことはわかる。

「馬鹿なことってなんだよ?」
「だから、学校で噂になってたんだ。お前が、薬物を運んでるとか、それで刺されたんだ、とか」
馬鹿馬鹿しい。

「で。お前それ信じた?」
「まさか!お前は、せいぜい煙草くらいしか手出さないだろう?」
そこまで言って、桂は何かを思い出したように鞄の中をごそごそあさりはじめた。

「あまり気は進まないんだが、ほら、差し入れだ」
桂が取り出した紙袋の中には、セブンスターが3つ。

「言っておくが、俺は煙草の銘柄などわからん」
「お前、これ、いつ買ったんよ?」
「昨夜だ」
学校帰りここに来る為に、学校で誰かに見つからないように、厳重に紙袋に入れられた煙草。きっと桂のことだから、わざわざ私服に着替えて買いに行ったに決まっている。そして、今日は1日中、持ち物検査がないように、ヒヤヒヤしていたんだろうと、その姿が簡単に想像できる。

普通お見舞いと言えば、花とか果物だろうけど、そんなの持ってこられても俺が嫌がるって、長年の付き合いでわかってる桂らしい、いや、桂にしかできない選択だった。

「サンキュー。さっそく頂くわ」
行こうぜ、とベッドから立ち上がり、俺は点滴を引いて桂を促す。100円ライターは、いつでもポケットの中だ。

「大丈夫なのか?」
さっきまで苦しんでいたのに、と心配そうな桂を置いて、さっさと廊下を進む。すぐに桂は追い掛けてきた。

「どこ行くんだ?喫煙室はロビーの横だろう?」
エレベーターの上ボタンを押した俺を不思議そうに見つめている桂。

「そんなとこにいたら、すぐ捕まるだろ」
エレベーターで7階に上がり、そこからは階段で屋上へ上がる。

「屋上が好きなやつだな、お前は」
「俺だけじゃねーよ」

屋上には、いつも若者が数人集まっている。みんな、それぞれ腕や足にギブスを巻いた外科病棟の入院患者だ。とどのつまり、怪我による入院で、どこかが悪いわけではないから身体を持て余して暇なのだ。

「晋助、お前もやるかァ?」
「俺今日パス。あ、コイツ幼なじみ」
若者達は、座り込んでカードゲームに興じていた。
その近くに立って、さっそく桂にもらった煙草を開ける。

「高杉…お前、変わったな」
「…何が?」
吐き出した煙は青空に吸い込まれて消える。

「こんなに簡単に、名前で呼ばせる奴じゃなかっただろ?」
カードゲームに熱中している若者達は、こちらの会話などは気にしていないようだ。

「そんなこともねーだろ?」
「いや、あるぞ」

校内で、高杉を名前で呼べるのは河上と来島だけじゃないかと思う桂。あとは誰も、怖がって名前どころか呼び捨てにさえ、しようとしない。

「ヅラぁ、今何時?」
「今か?5時10分だ。どうした?」

すっかり定着してしまった不名誉なあだ名をきっちり否定しながら桂は腕時計を見た。真面目なやつだから、携帯の電源は切っているんだろう。

「何でもねェよ」
「そういえば、ここの場所とお前の部屋の番号は、坂本先生に聞いたんだが、後で来ると言っていたぞ」
「あァ」
坂本先生、という名前を出した時に高杉が一瞬見せた柔らかい表情を、桂は見逃せなかった。

「アイツ、毎日来るから」
「…、お前、本当に変わったな。どうしたんだ?」
なんだか、嬉しそうな桂の顔が、不思議で仕方ない。

「変わった変わったって、何が変わったってんだ?」
「随分丸くなったぞ。以前のお前なら、毎日見舞いに来られるなんて、迷惑がっただろうに」
そうだっただろうかと、既に思い出せない自分がいる。自分のことなのに。

「なぁ、小太郎」
桂になら、何でも相談できる気がするのは、幼なじみだからだけなんだろうか。それとも、こんなところも、変わったと桂なら言うだろうか。

「…気がついたら、ある特定の相手のことを考えてるってのは、どうしたらいいんだろうな」
「高杉…?」
屋上の手摺りにあごを乗せて、遠くをみつめた高杉の表情は、桂からは見えない。

「嫌いなんだ。デカイ声で笑うし、遠慮ナシになんでも言いやがるし。…だけど、気付いたら、そいつのこと考えてる俺がいる」
短くなった煙草を捨てて、次の1本に火をつける高杉。

「お前、それは、その相手のことが好きなんだろ」
「俺が?まさか」

何を言ってるんだコイツは。好きなのはアイツの感情だ。アイツが俺を好きだと言うのであって、俺がアイツを好きだなんて、有り得ない。

「気になって仕方ないんだろう?それは好きなんだよ、高杉」
「俺はあんな奴好きじゃねェ。…あいつは、俺に、好きだ好きだってうるさいけど」
坂本が毎日見舞いに来る理由も、それを高杉が拒まない理由も、これで納得した。

「こういう時は素直になった方がいいんだぞ、高杉」
「なんだよ、ソレ」

ふて腐れたような顔を向ける高杉は、いつまでたっても弟みたいにかわいい存在で。その、大事な弟が好きな相手が男だというのが、少し気にはなったが、それはそれでいいかと思う。何より、この、愛を知らない寂しがりやを、大事にしてくれる相手ができて、それでこの弟が救われるのならば。

「変なこと言うなよ、こたろーちゃん」
「お前のその性格が一番問題だな」
「うるせー」
なんなんだコイツ。急に強気に出やがって。

「あ、…坂本来た」
相変わらず遠くを見つめていた高杉が呟く方を見ると、一台の高級外国車が病院に入ってきたところだった。一介の教師で、そんな車に乗っているのなんて坂本くらいしかいなかったから、これは桂にもすぐわかる。

「部屋に戻らなくていいのか?」
「いいんだよ、どーせアイツここまで来るから」
(迎えに来てほしいんじゃないか)

桂は口には出さなかった。また、変なことを言うなと、文句を言われるのはわかっていたし、何より、自分で認める気にならなければ、何を言ってやっても無駄だと思ったからだ。

「お前なんでさっきから、そんなに嬉しそうなんだよ」
手摺りにあごを乗せたまま、不機嫌そうな視線を見せた高杉。

「ん…?いや、かわいい弟の成長を見るのは嬉しいんだよ」
「誰が弟だ!たった2ヶ月しか変わんねェだろ」
「俺より背が伸びたら改めてやるさ」
「ーーっ!ムカつく!」
たった5センチ、されど5センチ。昔からずっと、高杉は桂よりちょっとだけ背が低い。

「身長くらいでエラソーにすんなっ!」
「お前は食べ物の好き嫌いが多いんだ!」
2人で言い合いをしていると、屋上の入口に坂本の姿が見えた。

「ホラ、来たぞ、高杉」
「んだよ!」
「おんしら、何やっとるんじゃ?」
髪の毛を引っ張られている桂と、あごを押さえつけられている高杉の姿を見た坂本が呆れながら駆け寄ってきた。

「高杉、俺は帰るぞ」
高杉から離れ、乱れた制服を正して桂が言った。

「もう帰るがか?桂」
「帰りますよ。あ、坂本先生」
桂が坂本を呼び、高杉から少し離れた。

「なんじゃ?」
視線が、こっちへ来いと言っているような気がして、不思議そうな高杉を置いて坂本は桂に近付く。

「坂本先生、晋助を泣かせたら許しませんから」
「!!…桂、くん?」
ついつい、声が裏返ってしまう坂本。

「それじゃあ」
言いたいことだけ言って、桂はさっさと帰っていく。

「坂本」
呼ばれて坂本は、高杉のところへ戻ってくる。

「アイツ、何て?」
「い、いや、何でもないんじゃ」
「…変な奴」
お前もこたろーも、と呟いて高杉はまた、煙草に火をつけた。

「高杉、その煙草どうしたんじゃ?」
おいしそうに煙を吐き出す高杉の横に立ち、しかめっ面を見せる。

「気がきく幼なじみからの差し入れ」
「高校生が吸うもんじゃないきに」

坂本は俺が煙草を吸うのが嫌みたいだ。でも、他の教師と違って、没収したり、怒ったりということはしない。

「煙草くらい吸えなきゃ、俺病院から逃げ出すぜ」
退屈で退屈で。桂が来るまで鎮痛剤が切れて悶えていたなんて、坂本には絶対教えてやらないけど。

「桂君とは、随分仲良しみたいじゃの」
正直、さっき屋上に上がって来て、じゃれあっている(ようにしか坂本には見えなかった)2人を初めて見て驚いた。屈託のない顔で笑っていた2人。高校生らしい表情で、2人共、言い合いながら笑っていたのだ。

「なんだよお前、小太郎に嫉妬?」
「そう…かもしれんの」
まだ自分では、かわいい高杉に、あんな顔をしてもらうことは不可能だから。

「馬ッ鹿じゃねェの」
そんな心中を知ってか知らずか(たぶん知らないのだけれど)、バッサリ切り捨てる高杉は、ちょっとヒドイと思う。でも、それも高杉らしいと思ってしまう程に自分はこの子にはまってしまっているのだが。

「アイツなんか、俺が生まれた時にはもう側にいたんだぜ?いくら坂本が頑張ったって、アイツには勝てねェよ」
一緒にいる時間とか期間という意味ではな、と高杉は笑った。

「嫉妬と言うよりは、羨ましいの」
それは素直に坂本の本音だ。幼い日の高杉は、どれだけかわいい子だったのだろうと、坂本には想像することしかできない。

「おかげでアイツにとっては未だに俺は弟なんだと。ムカつくよなァ」
最近は、言葉程はムカついていないのが口調でわかるようになってきた。それと、もうひとつ。

(弟、なのか)
幼なじみという、最大の恋のライバルが現れたのではないかと、それが一番気掛かりだったのだ。でも、それは思い過ごしだったらしい。

「何ニヤけてんだよ、気持ちワリーな」
安心したら、顔に出てしまっていたらしい。

「いや、きっと高杉は、桂の後ろをくっついて回る子だったんじゃろうな、と思ったら、の」
「何言ってんだテメェ!!」
顔を真っ赤にして、『くっついて来てたのは小太郎の方だ』と、必死に否定する高杉が、どうしようもなくかわいい。

カードゲームに興じる若者達さえいなければ、今すぐ抱きしめて、キスしてやるところなのに。
「高杉、そろそろ戻らんか?」
病室ならばまだ、カーテンを閉め切ってしまえば2人きりのようなものだ。

「ん」
否定とも肯定とも取れる短い声を出した高杉だが、カードゲーム中の青年たちに『じゃあな』と言っているところを見ると、戻ってくれるようだ。

「高杉、そういえば、今日はプリントがたくさんあるんじゃが…」
「ふざけんなよ、昨日のだって、まだやってねェぞ」

当分は授業に出れない高杉のために、毎日課題やらプリントやらを運ぶというのが、とりあえずの坂本の建前だった。少し遅れながらも、高杉は順調に課題をこなしていっている。たぶん、入院していなかった時よりも勉強しているのではないだろうか。

「そんなこと言ったら、来週には、夏休みの課題が出るんじゃけど」
「有り得ねーっ!!なァ坂本、俺の夏休みはこれでいいのかっ?」
文句をこれでもか、と言う程わめき立てながら病室への道則を歩く高杉。

「仕方ないじゃろ…。地理の課題は少なくしとくきに」
「お前ソレ、職権濫用じゃねェの?」
高杉のために言ってるのに、ヒドイ言い様だ。でも、実はそれだけでもないのだが。

「わしが、休み明けに採点するのが面倒なんじゃ」
そっちの方が本音かもしれない。

「お前、ソレの方がヒドイだろ」
「いいんじゃよ、休み明けのテスト勉強だけ、個人でやってもらえば、それでいいと思わんか?」
わざわざ課題なんか出さなくても、1学期の復習だけしてくれれば、それでいいと思うのだ。

「なァ、休み明けの復習テストってさ」
「高杉は間に合わんから、補修が待っとるの」
「最低だ!」

散々わめきながらも、『今すぐ退院する!』などと言い出さないのは、自分の状態をよくわかっているからなのだろう。

「高杉なら大丈夫じゃ。わしは信じとるよ」
そう言って、頭を撫でてやると、ようやく高杉は静かになった。


続く






















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