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「…スギ…、おい、タカスギ」

高く青い空の向こうに見つけた太陽 11


呼ばれていることに気がついて、顔を上げると同時に、指の先の煙草から灰が落ちた。
ここは、いつものゲーセンで、いつもたまり場になっている階段の途中。
「どしたのタカスギ?さっきからボーっとしてる」

隣に座り込んできたのは専門学校生。 「なんでもない」
既に限界近くまで短くなった煙草を下に落として、靴裏で踏み潰した。

「なんだよ、好きな子でもできたかァ?」
話しかけてきたのは、ブレザーの制服に身を包んだ、他校の高校生。

「ハァ?」
「でも、タカスギならモテんだろ?」

階段に、なんとなく散らばって座っていた仲間達がどんどん集まってくる。いつでも、こういう話題は他人事だから楽しいものだ。

「俺、全然教室にいねェから、知らねェよ」
そんな話は全然聞いたことがない。ただ、自分に『好きだ』と、毎日囁く教師なら1人いる。そいつは男だけど。

「そんなこと言って、彼女3人くらいいるんじゃねェの?」
「いやいや、タカスギは惚れたら一途だって」
「惚れたら、だろ?押し切られた時は、そうじゃねェかもよ」
「っつーかタカスギって、先輩にモテそうだよなァ」
「そのうちカワイー彼女連れてくるかもよー?」
あー、もぅ、こいつらみんな、勝手なことばっかり言いやがって!惚れただの好きだだのって話題は、今は一番触れて欲しくないことなのに。

嫌でも坂本の馬鹿を思い出しちまう。

『抱きしめていいか』と尋ねられて、はっきりと拒否できなかった、この気持ちは何なのだろう?
そして、あのデカイ手で触られて感じる安心感は何なのだろう。
そもそも、人を好きになるっていうのは、どういうことなんだろう。
他人との過度な接触を、極力避けてきた俺には、まず、そこからわからない。

高杉には、それでいながら、このことを誰かに相談しようという考えが浮かばないのだ。周りを仲間が囲んでいるこの状態の今でさえ、だ。

「で、結局のところ、どうなんよ、タカスギ?」
勝手にはしゃいでいた仲間の1人が尋ねた。

「お前らが期待してるようなことは全然ねェよ」
俺は事実だけを告げる。教師のせいで、しかも『好きだ』と言われて、その教師はしかも男で、それが気になっているなどと言うつもりは全然なかった。

***
坂本と銀時は、今日も飲みに出ていた。

「…高杉は、人を好きになったことがないのかもしれん」
相変わらず、悩む坂本の口から出てくるのは高杉の話ばかり。それを、銀時は、この男にしては珍しくちゃんと全部聞いてやっている。今回の、高杉の件での飲み代は、ほとんど全て坂本が出しているから、というだけでもない。

「確かにね〜、辰馬の話聞いてると、銀さんもそー思うわ」
もうすぐ夏休み。1ヵ月以上会えなくなるというのに、この2人は相変わらずで。校内で仕事中は元気に振る舞っている坂本だけど、一歩外に出たら溜息ばかり。でも、銀さんには、どーにもしてあげられないんだよね。だけど、この調子だと、急展開なんて望めないだろうしなァ。

「意外だよねェ。アイツ、モテそうなのにな」 男にも女にも、とは言わないけど。とりあえず、悔しいけど、高杉が黙ってれば綺麗な顔してんのは認めるよ。

「モテとるのと、人を好きになるのは違うからの」
ヤケなのか、坂本はさっきから、ぐいぐい酒を口に運んでいる。ま、明日は土曜日だからいいんだけど。コイツが潰れたら、適当にハッテン場にでも泊まればいいし。ついでに銀さん、カワイイ子探しちゃいますよ!

金曜日の夜の居酒屋は、それなりの賑わいを見せていた。
「高杉君には、お前がいろいろ教えてやんなさいよ」

なぁ、辰馬。お前には、相手の長所も短所も、強さも弱さも、全部全部包み込んでやれるだけの度量があるんじゃないの?
なんだか最近のお前、ヘコみすぎて、自分自身の、そーゆぅトコ、忘れてない?

「しっかしのー、わしも自信なくなりそうじゃ」
「いや、お前らしくないって、俺に思わせるくらいには、とっくに自信抜け落ちてるからさ、辰馬」
なんでだろーねェ。辰馬をここまでにさせちゃう高杉って何者ですか?コノヤロー。でも、辰馬の話聞く限りでは、高杉だって、相当揺れてると思うんですけどー?

「わしはのぅ、銀時…ん?」
辰馬が何かを言いかけた時だった。辰馬の携帯に、見知らぬ番号からの、着信が入ったのは。

「誰じゃろ…」
電話に出た辰馬の顔色が、みるみるうちに青ざめていった。

***

さて、どうしよう。



ゲーセンに集まっていた仲間達と、ファーストフードを食べに行って、そこで別れて、高杉はまた1人になっていた。 気になるのは、やはり、ずっと、坂本のことで、頭から離れなくて、他のことが考えられなくて。誰かに側にいて欲しいのだけれど、いつものように、ナンパを待つ気にもなれなくて。俺は1人、地下街の広場の噴水の近くに座っていた。

金曜日の夜は人通りが多くて、流れていく人波を見ていると、世の中には、こんなにたくさん人がいるっていうのに、自身は独りだと思い知らされるようで。

(飲みに、行こうかな)
全然酒なんて、飲みたい気分ではなかったけれど。

俺は、のろのろと立ち上がり、地上への階段を昇り始めた。

今日は、ちょっと、違うところでも行ってみよう。独りが嫌だと思うくせに、なんだか今は、知ってる人が多い街には行きたくない。

矛盾した気持ちを抱えながら、ネオンの眩しい街をプラプラ歩く。

夏服に変わった制服の、シャツは鞄に突っ込んで、上だけ着替えてあるから、一目で高校生だとは思われないだろう。

目的もなく歩いていたら、1本の路地の向こうから、女の悲鳴が聞こえてきた。
なんだろうと思って、俺は路地を曲がってしまった。
何かに躓くと、それは人間の足。

(なんか、ヤバイとこ来てねェ?)

一瞬引き返そうと思ったが、ヤバイ場所ならヤバイ場所で尚更、さっきの悲鳴が気にかかる。それに、よく見ると、倒れていたのは、自分とさほど歳の変わらない若者で、見るからにシャブかなんかにヤラれてた。

この手のモノには疎いんだよな。覚醒剤とか、全然興味ないんだよな。
「おいっ!」

行き止まりになった路地の先には、ガクガク震えて、立てなくなっているセーラー服の女と、バタフライナイフを持ち、完全に目がイっちゃった男の姿。それと、下品な笑い声を上げる、やっぱりイカれた連中が何人か。

「おいっ!女!こっちこい!」
あーもぅ、なんだって俺は路地を曲がっちまったんだ?だけど、この女はシャブ中じゃないみたいだしな。

「助けて!」
あーもぅっ、そんなところで腰なんか抜かしてんじゃねぇっ!!

俺は女に駆け寄り、ダッシュで腕を引いて走った。バタフライナイフ野郎が追い掛けてくる。すぐ、後ろで獣みたいな叫び声がして、俺は走りながら女を突き飛ばして振り返った。

「!!」

視界いっぱいに広がった赤、赤、赤。

女の絶叫だけが、耳に残った。

*** 賑わいを見せる夜の街には、この時間から出勤する人々がいる。

この街でナンバー1ホストと言われる本城狂死郎も、その1人である。
高級な食事の後、同伴の女性と共に、店までの道のりを歩いていたら、路地の奥から悲鳴が聞こえた。

「…!!」
バタフライナイフを振り回す、あきらかに様相のおかしい男と追われるセーラー服。

「八郎!」
同伴をしていた女性に謝って、ボディーガード代わりとして、常に自分の近くにいるはずの同僚の名を叫んだ。

すぐに駆け付けた八郎は、現場の状況をすぐに把握し、まだ自分達には気付いていないらしいナイフ男走って近づき、首の後ろを殴り付け、ナイフを持った手を蹴り上げた。宙に待ったナイフがビルの壁に当たって乾いた音を響かせる。そこに、少年が1人、倒れていた。

八郎が男とやり合っている間に、セーラー服をこちら側に引っ張り、警察に電話をかけ、救急車の手配も頼んだ。

おもいきり殴りつけられ、頭からビルのゴミ捨て場に突っ込んでようやく、ナイフ男は静かになる。

「しっかりしろ!」
倒れている少年は、斬られていて、顔から大量の血を流し、意識がない。セーラー服に、知り合いかと尋ねると、違うと、助けに入ってくれた人なのだと言う。

側に落ちている鞄は、この少年のものだろうか。悪いと思いながらも勝手に開けて、身元がわかるような物を探してみるが、全然見つからない。鞄から出てきたシャツから、きっと高校生なんだろう。

ようやくシャツの下から見つけた携帯電話を開いてみるが、ロックがかけられていた。

「生徒手帳くらい持ち歩けっ!!」

鞄の中には、たいしたものが入っていない。ノート1冊、ペンケースにハンドタオル、それから煙草と100円ライター。財布の中にも、キャッシュカードの類すら入ってないし。少年の名前を確認できるものが、何ひとつないのだ。焦りながら、明らかに制服であろう生地の尻の位置のポケットに手を入れると、カードのようなものに手が触れた。

「名刺か…?」
仕事柄、毎日手に取る慣れた感触。

「銀魂高校教諭?」
やはり、この赤い髪の少年は高校生なのだろう。名刺の主と、この少年の関係はわからないが。

狂死郎は、迫り来るサイレンの音を聞きながら、名刺の『坂本辰馬』という教師に、電話をかけた。

***

顔面蒼白で突然の電話を切った後の、坂本の行動は早かった。

「銀時、出るんじゃ」
「ええっ?チョットチョット辰馬ァ?」

さっさと支払いを済ませると、銀時の腕を引いてタクシーに飛び乗った。行き先は、総合病院。

「どしたの、辰馬」
「高杉が、シャブ中の男に斬られたらしいんじゃ」
「え?シャブってヤバくね?」
それは、いくらなんでも、停学じゃ済まないと思うけど?

「高杉はやっとらん。襲われてた女子高生を助けに入ったらしいんじゃ」
「高杉が?女子高生助ける?…んで、なんでお前んトコに電話来るんだよ?」

話が飲み込めない。だいたいそれが本当なら、まずは親とか学校に連絡が入るはずだ。電話に出る時に辰馬が「誰じやろ」と呟いていたことから、学校から回ってきた電話だとは思えない。

「今の電話は、通りがかった人からじゃ。高杉が、身元がわかるモンを何にも持ってなくての。ポケットから、わしの名刺が出てきたと言うちょった」

『銀魂高校教諭の坂本辰馬さんですか?』と、電話の向こう、本城狂死郎と名乗った男は言った。『突然ですが、髪の毛を赤く染めていて、細身で小柄で、高校生くらいの少年をご存知ですよね?』と。

「高杉のことじゃろうか?わしの生徒じゃが」

正直、最初は坂本でさえ、高杉が何か、やらかしたのではないかと思った。

『薬物中毒の男に斬られて、今から救急車で運ぶところなのです』と言われ、一瞬事情が飲み込めなかった。しかし、もう、すぐ次の瞬間には「病院はどこじゃ?今から行く」と叫んでいた。

高杉の名前や年齢を伝え、電話を切った時にはもう、あれだけ飲んだはずの酒など、どこかへ消えていた。

「高杉に、名刺なんて渡してたの、お前」
「だいぶ前じゃよ…。確か、ゴールデンウイークの後じゃ」
「えっ?」
今は、それどころじゃないのはよぉーっくわかってるんだけど。

辰馬、高杉って、お前の名刺、2ヶ月も大事に持ってたってことだよな?『こんなもんイラネェ』と突き返しそうな高杉が、だ。すぐにでも捨ててしまいかねない高杉が、だよな。

俺達が、思っていたよりも、実はずーっと前から高杉は、坂本が特別だったのかもしれない。

銀時は、病院に着いて、『高杉が斬られた』というのが、事実だと確認してからやらなければならないことを、数え、携帯のメモリーに学校関係者の電話番号が登録してあるのを確認しながら、電話で聞いた話をする坂本を見た。

病院に着いたら、絶対辰馬は取り乱すだろうから。

***

路地裏にいた覚醒剤をしていた少年たちは、警察がみんな連れていった。セーラー服も、一度病院に運ばれたが、擦り傷程度で、今は警察に事情を聞かれている。とにかく、全てを知っているのは、あのセーラー服の少女だけなのだから。

同伴途中だった女性は、ついていくと言ってきかないから、とりあえず一緒に手術室の前に座っている。八郎には、警察との話が終わり次第、先に店に戻ってもらおう。

バタバタと、廊下を走ってくる足音がした。こんな時間の病院だ、坂本辰馬という、少年の教師が着いたのだろう。


「……坂本先生ですか?」

まさか教師がトレーニョなんて着てるとは思わなかった狂死郎は、自信なさげに声をかけた。電話での話し方から、教師という職業から、勝手に、もう少しダサイ格好の人間をイメージしていたのだ。

近年叫ばれている『クールビズ』を上手く取り入れ、ネクタイなしでも綺麗にまとめられたスーツ姿。だいたい、裾をダブルで仕上げて、それが何の違和感も嫌味もなく似合っている教師なんて、そうそういないだろう。

「本城殿がか?わしが坂本じゃ!」
しかし、その男が発した言葉も声も話し方も、電話に出た本人には間違いなかった。

「今はまだ手術中ですが、これは彼の持ち物で間違いありませんか?」
狂死郎が坂本に渡したのは、ほとんど何も入ってない鞄と、制服のシャツ、それから、携帯や財布、そして、坂本の名刺。

「間違いなく、助けてもらったのはうちの生徒じゃき」
実は坂本は、せっかく作った名刺を、まだ、たった1枚しか消費していなかった。そして、今から狂死郎に渡すのが、2枚目だ。

「辰馬、電話してくっから」
坂本の反応で、これが悪戯でもなんでもないことを確認した銀時がその場を離れた。

「では、私は、警察の聴取が終わったら帰りますので」
知っている限りの状況を、もう一度坂本に説明した狂死郎が女性と一緒に去って行く。空いた椅子に坂本は座り込んだ。『手術中』の、赤いランプだけが、視界の端で光る、薄暗い夜の病院。鞄に押し込められて、皺になったシャツからは、高杉のいい匂いがするような気がした。今は何も、考えられない。

しばらくすると、銀時が戻ってきた。

「辰馬、学校には連絡した。高杉の親には、学校から連絡入れてるけど、全然繋がんねェみたい」
「そ…か」

思ったよりは落ち着いているように銀時に見えた坂本は、放心状態なだけのようだった。学校に連絡するとか、高杉の親に連絡するとか、今の坂本に求めても無理だろうから。銀時は、坂本の隣に座りながら、自分がついてきてよかったと思った。

続く



ビバ!脇役!実は、狂死郎と八郎は、最初から出すつもりでした♪狂死郎が辰馬に電話するのも最初から書きたかったの。

トレーニョとは伊の生地メーカーです。すごく上質の生地で、見る人が見ればわかるのです。一着6万くらいあれば買えるかな。坂本先生は英よりイタリア物のイメージでスーツに金かけてるんです






















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