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7月も半ばになったというのに、梅雨は全然開けてくれる気配なんてなくて。

高く青い空の向こうに見つけた太陽 09


屋上でサボることができない私たちは、仕方なしに授業に出て、寝ていることが多くなった。だけど、晋助様は、時々どこかでサボっているみたいで、教室には来ない。4月に知り合って、それから、毎日一緒にいるというのに、私は、いつまで経っても晋助様のことは、あんまり知らなかった。

ちんぷんかんぷんな化学式が書かれた黒板を見ていることが辛くなって、机の上に頭を乗せて空席の隣を見た。鞄があるってことは、学校には来ていると思うのだけれど。

(晋助様は、一体どこでサボってるんスかねェ)
晋助様は綺麗だ。初めて見た瞬間、それしか頭に浮かんで来なかった。

あのとき、まだいくつか閉められていた制服のボタンは次の日には、万斉と同じく全開になり、少し茶色いだけだった髪の毛は、翌週には真っ赤に染められて。でも、それすらもよく似合っていて晋助様の端正な顔だちを引き立てるには充分だった。

だけど、晋助様は、なかなか笑わない。一度、晋助様の幼なじみという、桂小太郎が屋上に来た時に、声を上げて笑う晋助様がいて、私も万斉も、びっくりして2人から目が離せなかった。2人が、何を話していたのかはわからないが、私は、晋助様を、そんな風に笑わせることができる、桂小太郎が羨ましかった。

晋助様の笑顔を見たのは、あの時ただ1度だけだった。ますます綺麗だと、思わされた笑顔が、頭に焼き付いて今も離れない。

低く垂れ込めた曇り空のように、なんだかこの心も晴れない。

空席の前の万斉を見ると、机に俯せて眠っているように見せかけて、上手く隠したイヤホンを使って音楽を聴いている。ここからだと、プレーヤーに繋がった線が丸見えだ。

(万斉はホント、音楽三昧ッスね)
登下校の時も、首からヘッドフォンは外さない。それどころか、時々私の話も聞いていない。
将来、そっちの道に進みたいっていう、万斉の気持ちは知っているんだけれど、それでもやっぱり、私としては、面白くない。せっかく2人で帰る意味がないではないか。

そういえば。晋助様と一緒に帰ったことって、まだ1度もないんスよねェ…。

***

『嫌いな奴の前では、眠ったりしないと思うけどー?』
と、銀八に言われたものの、隙を見て『好きだ』と囁くたびに『お前なんか嫌いだ』と返されるのは正直ちょっとヘコむ。加えて、それまで『坂本』と呼び捨てにされていたのが、2人でお弁当を食べた日以来『せんせ』と呼ばれ方が変わってしまっている。

「次サボるから鍵貸して」
おそらく初めて、職員室に姿を現した高杉に、まずは驚き、怯えたような表情を見せる教師達。たった1人の生徒を、そんなに恐れることはないだろうに、とは思ったが、高杉に殴られた教師もいるわけで。

高杉を伴って、廊下の端に出た後で、資料室の鍵を渡してやった。
「たまには授業にも出ぇ」

わしゃわしゃと頭を撫でてやると、本当に高杉はおとなしくなる。

「今日は無理。身体痛すぎ」
大人しく頭を撫でられながら、その綺麗な口から発せられる言葉程ヒドイものはないと思う。

「また堂山がか?傷つくの」
「なんでせんせーが傷つくんだよ?」
本当に全く、この子は自分の告白を何だと思っているのだろうか。

「高杉と、昨夜過ごした相手に嫉妬しそうじゃよ」
どうせまた、見ず知らずの、行きずりの相手なのだろうし。

「せんせーじゃ無理」
「なんでじゃあ?」
黙って、気持ち良さそうに頭を撫でられているくせに。

「アンタなんか嫌いだっつーの」
それなのに、また、それか。もう、毎日のように言われ過ぎて、その度に傷ついて。それでも、この子を本気で好きになってしまった自分は、いくら嫌いだと言われても、諦めきれない。

「じゃ、俺行くから」
サンキューな、と手をひらひら振って高杉は廊下を歩いて行った。

その、後ろ姿を見送ることしかできない自分がいる。歯痒い。
次の時間、授業がなければ、また資料室に行ってやるというのに。
職員室に戻ろうとしたら、銀八が、いやらしい目付きで扉からこっちを覗いていた。

「坂本よォ、ずいぶん進展したね、お前ら」
「はぁ?何を言っとるんじゃ?」
自席に戻って次の授業の準備を始めた。

「そろそろ、今晩あたり、どうよ?」
自席の椅子に、逆向きに座り、背もたれに腕を乗せ飲み物を飲む仕種を見せる、銀八。

「またかのー?…仕方ないの」
なんだかんだ言いながら、銀八と話していると気が晴れるもので、最近は学生の時に近いペースで一緒に飲みに行っていた。

「とりあえず、いってらっさい」
次は授業がないらしい銀八は、そのままの体勢で、ひらひらと手を振った。

***

俺の中に、どんどん入ってくる坂本に、もはや俺は抗いきれなかった。

毎日毎日好きだと言われ続けて、頭がおかしくなりそうだ。

だけど、それでも、坂本に頭を撫でられるのが好きで。そんなことをしてくれるのは、今の俺には坂本しかいなかったから、時々、話しかけてしまいたくなる。声をかけると、坂本はとりあえず、話の内容がどうであれ、その大きな手で頭を撫でてくれた。

だけど、そんな自分をどうしても認めたくない部分もあった。
資料室のソファに横になって、実は自分が、自分で思っていたよりも弱い人間だったことを責める。
坂本は先生だと、ただの教師なのだと、強く言い聞かせる。言い聞かせるために、『せんせ』と呼ぶ。

毎日毎日『好きだ』と言われているうちに、坂本の感情に、飲み込まれてしまいそうになっているだけなのだと、自分の気持ちが揺らいでいるわけではないのだと、自分を確認するかのように、日に日に夜の街へ出かける回数は増えていった。 そして、坂本を突き放すために、その事実を遠回しに告げてやる。坂本が苦しそうな表情をするのがわかっていて、しかも、時には今日のようにハッキリと「傷つく」と言われるというのがわかっていて、こんな態度しか取れない自分は、なんて最低なのだろう。

自分が頭を撫でてほしいときは寄って行って、それ以外は突き放す。こんな俺を、好きだなんて言う坂本が悪いんだと、そう思うのは、自分自信のためだけの醜い言い訳。

寝返りを打って横を向くと、まだ身体のあちこちが痛い。昨夜、なんだか無理な体勢を強いられ続けたからどうしようもない。

一晩だけ、一緒にいてくれる相手になんて、最初からたいしたコトなんか求めていないから、独りにさえならなければそれでよかったから、俺はよっぽどのことがない限り、変な申し出を断らない。まー、とにかく、世の中にはいろんな性癖のやつがいるもんだ。

いっそ、こんな身体、めちゃくちゃにされて、壊れて消えて、なくなってしまえばいいのに、とさえ思うこの頃。

柔らかすぎるくらいのソファに身を沈めていると、疲れきった身体には、やがて静かな眠りが訪れた。

***

『…なんちゅー可愛いい顔で寝とるんじゃ…』

ずっと、午前中は授業が詰まっていて、ようやく昼休みに資料室を訪れると、ソファに小さく丸まって寝息をたてる高杉がいた。

無防備な寝顔を見ていると、とてもじゃないけど校内史上最凶と言われる不良になんて見えやしない。
どうしようもなく触れたい、という衝動に駆られ坂本はソファの前に座り込む。
サラサラの髪の毛に触れたい。いや、いっそのこと、その、うっすら開いた、柔らかそうな唇に、口づけたい。

でも、きっと、キスで目覚めた高杉は、烈火のごとく怒り狂うだろう。もしかしたら、それで、取り返しがつかない程に、今の関係が壊れてしまうかもしれない。ただでさえ、『嫌いだ』と言われ続ける、不安定な関係なのに。

結局、触れて起こしてしまうことよりも、寝顔を見ていたいという方を選んでしまった坂本は、静かに音を立てないようにいつもの椅子に座った。

「お〜い、坂本ォ」
自分以外、ほとんど誰も訪れない資料室にやってきたのは銀八だった。

「どうしたんじゃ?」
「なぁなぁ、昼飯代貸して…って、あーらま」
扉から顔を出した銀八は、すぐにソファの高杉に気がついた。

「お前さん、ずいぶんいー感じなんじゃねェの?」
銀八は、資料室の中に入ってきて、眠ったままの高杉を見ながら、後ろ手で扉を閉める。

「何を言っとるんじゃ…。毎日毎日『嫌いだ』と言われ続けとる」
仕方なく坂本は、部屋の隅から椅子を1つ出してきて銀八に座らせた。
毎日言われるって、つまり毎日会話は交わしてるってことで、それって、だいぶ進展なんじゃないだろうかと、銀八には思える。

「それってさ〜『嫌いだ』って言われる程には意識されてんじゃないの?」
普段の刺が、すっかり抜け落ちた高杉を、見ながら銀八は言う。

「おんしは気楽なことばかり言うの〜。わしは、名前ですら呼んでもらえんのじゃ」
昼ご飯を食べてないことも忘れて、坂本は盛大な溜息を落とす。

「お前、この不良に何て呼ばれてんの?」
「せんせー、って」
「…それって、すごくねーの?」

お腹がすいて、だけどお金がなくて食べれない銀八は、空腹のせいであまり働かない頭を、なんとかフル活動させていた。とにかく坂本を元気づけて、昼ご飯代を借りようと、あわよくば奢ってもらおうと考えている。

「だってよ、校内で、高杉に『先生』だって、認められたのは辰馬だけだってことだろ?」
俺なんて『天パ野郎』ですよ〜と笑う銀八。

「んー」
ソファの高杉が、小さく呻いた。

「銀八、声がデカイきに!」
うっすらと目を開けた高杉だが、まだ意識はぼんやりしているようだ。

上半身を起こしたものの、部屋をぐるりと見回して、再びぽすっと、俯せにソファに頭を沈めた。

「大丈夫みたいよ?」
「おい」
限界まで潜めた銀八の声に、高杉の声が重なった。

「テメェらなんでいる?」
ものすごく低い、不機嫌な高杉の声。

「いや…昼休みじゃったから、様子見に…」
「どっか行け」
「…高杉…?」
「失せろ」
僅かに顔を動かして、長めの前髪の間から、視線だけを向ける高杉。

「ウゼぇ、消えろ」
「高杉…」
「ウゼェんだよ!!」
高杉の怒鳴り声が資料室に響き渡る。

「はいはい、ごめんなさいよ〜」
ショックを受ける坂本の腕を引っ張って銀八は扉の外へ出た。

「とりあえず昼飯にしない、辰馬」
「ああ、忘れとったの…」
(あらら、辰馬今のがそんなにショック?)
「大丈夫だって、寝起きなんてみんな、あんなモンじゃないの〜?」
自身も低血圧で朝に弱い銀八にとっては、そう珍しい光景でもなかったのだ。

「でも『ウゼェ』はないじゃろ?」
きっとそれが本心なんじゃ、そうに決まっ取る、そこまで嫌われとったんじゃ〜、と肩を落とす坂本。

「お前って、そんな奴じゃなかったよねェ?どうしちゃったワケ?」
溜息をつきたいのはこっちだと、銀八も肩を落とした。何を言われても、『嘘が下手じゃのう』なんて、笑い飛ばすくらい、ポジティブ思考なのが辰馬だったはずだ。フラれた翌日にはもう、女をナンパしていたような奴だ、坂本辰馬とは。あの高杉が、坂本をここまで変えてしまったのか。

…その頃、1人資料室に残った高杉は。
自分が一度目覚めた記憶どころか、怒鳴った記憶すらないままに、再び夢の世界へと、落ちていた。


続く



晋ちゃんは寝起きが悪いはずです。カワイイ…






















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