何日もスタジオに篭って、お通ちゃんのニューアルバムの、レコーディングに追われていた。
この日は、なぜか必ず帰って来いという晋助からの指令があって、長期滞在中のホテルではなく鬼兵隊のアジトの1つになっている武家屋敷へと帰ってきた。明日の朝も早いから、できればさっさと用件を済ませてしまってホテルに戻りたい。そんなことを考えながら屋敷へ足を踏み入れたのだけれど、異変にはすぐに気がついた。
門のところにいた見張り以外、誰にも会わないのだ。そして、静か過ぎる。
わざわざ晋助が自分を呼んだからには、新しい作戦やテロの話だと思って、それならば普段はバラバラに潜伏している隊士達だって集まってきているはずなのに。
(おかしい…)
最悪の場合に備え、刀の柄をぐっと握ったまま、廊下を進んだ。
最悪の場合、それはつまり、真選組あたりにこのアジトがばれてしまい、今日呼び出されたことすら、罠だったら。仲間は皆、もう捕えられていたのだとしたら。レコーディングに追われて、何日もニュースなんて見ていない自分には、圧倒的に情報が足りなかった。
人の気配がする一室の前で立ち止まる。
ひとつ、大きく呼吸した。
「晋助、ここでござるか?」
努めて平静を装った声色で。でも、刀の柄は握ったままで。
「おう、入ってこいよ、万斉」
中から聞こえたのは、紛れも無く晋助の声で、拙者は少しだけ、安堵感を覚えた。
「失礼するでござる」
静かに障子を開いたその瞬間。
パン、パン、パン、パン!!!
やはり銃声か!!と思うより早く、身体が反応して身を屈め、刀を取っていた。が、目の前に降って来たのは色とりどりのカラーテープと紙吹雪。
「えっ…」
「誕生日おめでとう!」
たんじょうび…で、ござるか?
「ほら、さっさと座れ万斉!」
晋助が自分の横の席を示しながら煙管をふかしている。薄暗かった室内に電灯が点され、いつもの部屋の明るさになると、部屋にはほとんどの隊士達が集まっていた。そして、人数分並んだ豪華な料理。
「万斉、仕事しすぎで日付感覚なくなってるッスよ!」
「今日は5月20日、あなたの誕生日なんですよ」
5月20日?拙者の、誕生日…?
「おめでとう」
来島や武市、岡田にも言われて、ようやく状況が飲み込めた。
何日も窓ひとつないスタジオに篭っていたせいで、時間の感覚だけじゃなく日付の感覚まで狂ってしまっていたらしい。
「とりあえず乾杯だ、万斉」
晋助の声でみんな一斉に、待ってましたとばかりに飲み始める。
外に見張りが1人しかいなかったのも、屋敷の中が、異常なまでに静かだったのも、自分を驚かせるための演出で。自分が帰って来たという連絡が見張りから入った瞬間からみんなで息を潜めていたのだという。門を閉め切った見張りも、いつの間にか合流していた。
隊士達が盃を交わしに次々やってくる。中には、ついでに「今度お通ちゃんのサイン下さい」なんて言ってくるちゃっかり者もいて。その度に、晋助は「テメェら立場が逆だろ?」なんて言いながら笑っていた。今日の晋助は、機嫌が良さそうだ。
(お通ちゃんのサインくらい、いくらでも貰ってくるでござるよ)
自分は、ビジネスパートナーとしてしか彼女には興味はないのだから。芸能会でやっていこうと思ったら、それが一番正しいやり方なのではないかとも思うし。
隊士達の乾杯攻勢が一段落すると、相変わらず晋助の横にべったりなまた子の姿が目に入ってしまった。
見つめていたら、一瞬晋助と目があって。晋助が何かを囁いて、また子が拙者の隣に移動してきた。
「自分はいいから、今日の主役の酒を注いでやれって、晋助様が」
嬉しかった半面、晋助の命令で酒を注ぎに来ただけか、とも思ってしまって、少しガッカリした。
「万斉」
盃に酒を注ぎながら、近づいた拍子にまた子が小さく自分を呼んだ。
「後であたしの部屋に来るッス」
「………!!」
ほかの隊士達に気付かれないよう、また子は平然とした表情を崩してはいなくて。
(お通ちゃん、すまないでござる)
明日の遅刻は確定かも。そう考えながら、拙者は携帯電話の電源を落とした。
END
また子は部屋でプレゼント渡したいだけですからぁっ!!…たぶん。万斉誕生日おめでとう
No reproduction or republication without written permission.
静寂のむこう
この日は、なぜか必ず帰って来いという晋助からの指令があって、長期滞在中のホテルではなく鬼兵隊のアジトの1つになっている武家屋敷へと帰ってきた。明日の朝も早いから、できればさっさと用件を済ませてしまってホテルに戻りたい。そんなことを考えながら屋敷へ足を踏み入れたのだけれど、異変にはすぐに気がついた。
門のところにいた見張り以外、誰にも会わないのだ。そして、静か過ぎる。
わざわざ晋助が自分を呼んだからには、新しい作戦やテロの話だと思って、それならば普段はバラバラに潜伏している隊士達だって集まってきているはずなのに。
(おかしい…)
最悪の場合に備え、刀の柄をぐっと握ったまま、廊下を進んだ。
最悪の場合、それはつまり、真選組あたりにこのアジトがばれてしまい、今日呼び出されたことすら、罠だったら。仲間は皆、もう捕えられていたのだとしたら。レコーディングに追われて、何日もニュースなんて見ていない自分には、圧倒的に情報が足りなかった。
人の気配がする一室の前で立ち止まる。
ひとつ、大きく呼吸した。
「晋助、ここでござるか?」
努めて平静を装った声色で。でも、刀の柄は握ったままで。
「おう、入ってこいよ、万斉」
中から聞こえたのは、紛れも無く晋助の声で、拙者は少しだけ、安堵感を覚えた。
「失礼するでござる」
静かに障子を開いたその瞬間。
パン、パン、パン、パン!!!
やはり銃声か!!と思うより早く、身体が反応して身を屈め、刀を取っていた。が、目の前に降って来たのは色とりどりのカラーテープと紙吹雪。
「えっ…」
「誕生日おめでとう!」
たんじょうび…で、ござるか?
「ほら、さっさと座れ万斉!」
晋助が自分の横の席を示しながら煙管をふかしている。薄暗かった室内に電灯が点され、いつもの部屋の明るさになると、部屋にはほとんどの隊士達が集まっていた。そして、人数分並んだ豪華な料理。
「万斉、仕事しすぎで日付感覚なくなってるッスよ!」
「今日は5月20日、あなたの誕生日なんですよ」
5月20日?拙者の、誕生日…?
「おめでとう」
来島や武市、岡田にも言われて、ようやく状況が飲み込めた。
何日も窓ひとつないスタジオに篭っていたせいで、時間の感覚だけじゃなく日付の感覚まで狂ってしまっていたらしい。
「とりあえず乾杯だ、万斉」
晋助の声でみんな一斉に、待ってましたとばかりに飲み始める。
外に見張りが1人しかいなかったのも、屋敷の中が、異常なまでに静かだったのも、自分を驚かせるための演出で。自分が帰って来たという連絡が見張りから入った瞬間からみんなで息を潜めていたのだという。門を閉め切った見張りも、いつの間にか合流していた。
隊士達が盃を交わしに次々やってくる。中には、ついでに「今度お通ちゃんのサイン下さい」なんて言ってくるちゃっかり者もいて。その度に、晋助は「テメェら立場が逆だろ?」なんて言いながら笑っていた。今日の晋助は、機嫌が良さそうだ。
(お通ちゃんのサインくらい、いくらでも貰ってくるでござるよ)
自分は、ビジネスパートナーとしてしか彼女には興味はないのだから。芸能会でやっていこうと思ったら、それが一番正しいやり方なのではないかとも思うし。
隊士達の乾杯攻勢が一段落すると、相変わらず晋助の横にべったりなまた子の姿が目に入ってしまった。
見つめていたら、一瞬晋助と目があって。晋助が何かを囁いて、また子が拙者の隣に移動してきた。
「自分はいいから、今日の主役の酒を注いでやれって、晋助様が」
嬉しかった半面、晋助の命令で酒を注ぎに来ただけか、とも思ってしまって、少しガッカリした。
「万斉」
盃に酒を注ぎながら、近づいた拍子にまた子が小さく自分を呼んだ。
「後であたしの部屋に来るッス」
「………!!」
ほかの隊士達に気付かれないよう、また子は平然とした表情を崩してはいなくて。
(お通ちゃん、すまないでござる)
明日の遅刻は確定かも。そう考えながら、拙者は携帯電話の電源を落とした。
END
また子は部屋でプレゼント渡したいだけですからぁっ!!…たぶん。万斉誕生日おめでとう
No reproduction or republication without written permission.