I LOVE CAT
01.
猫耳の盗賊団に積み荷を襲われかけた後で、急に地球に置いてきたあの子に会いたくなった。
抱き寄せると逃げて行くくせに、冷たくあしらうとすり寄ってくる猫みたいなあの子に。
そう思ったら、どうにもこうにも我慢できなくなって、陸奥に黙ってこっそりと船を抜け出した。
何も言わずに戦場から離れて、何も告げずにここまできた。もう、何年会ってないんだろう。
あの時、とうとう最後まで何も言えなかったのは、なんと言ったらよいのかわからなかったからだ。黙って1人置いていくことを、なんと告げたら良かったのか。
ただ、あの子なら、自分がいなくなっても大丈夫だという、勝手な思いもあった。
でも、時々連絡をくれる昔の仲間に聞く噂は、あまりいいものではなく。
地球に降りてから、散々探し回ってようやく潜伏先を突き止めた頃には、日もとっぷりと暮れ、だいぶ遅い時間になっていた。
やっと会えるのだと思うと、歩き通した疲労すら気にならない。戸惑いながらも古びた屋敷に足を踏み入れる。
「お前、何者っスか」
いきなり銃口を向けられた。華奢な金髪の女の子。話に聞いた今の新しい彼の仲間なんだろう。
「わしは敵じゃないきに。晋に会いに来たんじゃよ」
「お前、晋助様の何なんスか?」
「わしか?」
答えに詰まってしまった。一体自分は晋助の何なのだろう?かつてはあんなに毎晩愛し合っていた仲なのだけれど。
勝手に消えて、そのまま連絡もせず何年が過ぎた?
「怪しい奴を晋助様に近付けるわけにはいかないっス」
パンっと乾いた音が響いて、後ろの壁の一部が崩れ落ちた。威嚇射撃だ。
正直困ったなと思う。今すぐにでも走って行って、抱きしめてやりたいのに、もうすぐそこにいるというのに、自分はここから先へは進めない。
これが、大事な愛しい彼を、何年も放ったらかしにしておいた自分への報いなのだろうか。
「今の銃声は何でござるか?また子」
銃声を聞きつけて、中から男が1人出てきた。自分とあまり身長差のない、サングラスの男。ああ、彼もまた、今の晋助の仲間なんだろう。
「わしは晋に会いに来ただけなんじゃ」
抵抗する意思がないことを示すために、両手を上げて、女の子よりは話のわかりそうなサングラスの男に告げた。
男は、ピクリと反応を示した。
「お主…、坂本辰馬でござるか?」
「おう、そうじゃそうじゃ!わしが坂本辰馬じゃ」
自分のことを知っているとは、この男は晋助から何か聞いているのだろうか。
「また子、銃をしまうでござる。この男は敵ではござらん」
「万斉!!」
納得いかないのか、女の子はサングラスの男に詰め寄っている。それでも、しばらくすると、しぶしぶ屋敷の中へ戻って行った。
「坂本殿、晋助のところへ案内するでござる」
「おお、そうかそうか!お願いするきに」
やっと、やっとこれでわしは大事な人に会えるようだ。
「ただし晋助は昨日から具合が悪いみたいでずっと寝てるでござるよ。晋助の寝起きの悪さは、」
「晋は具合が悪いがか?」
万斉、と呼ばれたサングラスの男に詰め寄った。
「ああ、それなら心配いらぬでござる。どうやら晋助は飲み過ぎのようでな」
ああ、なんだ、二日酔い、か。それにしても、あの、酒を水代わりにするような晋助がそこまで潰れるとは珍しい。
「だから、寝起きの晋助は、」
「大丈夫じゃよ。ちょっと噛みつかれるくらいじゃあ、あっはっは」
晋助の寝起きの悪さなんて、昔から知っている。今更どうってことないくらいに慣れてしまった。
それにしても、相変わらず寝起きが悪いだなんて。晋助が変わらずにいてくれることが、こんなにも嬉しいなんて思わなかった。
「かなわんでござる」
万斉の呟きが聞こえたような気がしたが、意味がわからなかった。
この部屋だと案内された先のふすまを一気に開けた。
言われた通り晋助は布団にくるまって静かに寝息をたてていた。
「晋…」
少し痩せたかもしれない。ああ、寝顔を見ているだけでこんなにも胸が熱くなる。離れていた期間の長さを、今更ながらに思い知った。それだけでも良かったけれど、やっぱり声が聞きたくなって、晋助を揺さぶった。
「晋、晋、起きて」
「んー」
焦点の合わない隻眼で、晋助はぼんやりと自分を見た。
「…たつまァ」
まだ寝ぼけているのだろうか、晋助は細い腕をわしの首に回してそのまま抱きついてきた。
「し、晋!」
されるがままに抱き寄せられていると、そのまま胸元からまた、すーすーという規則正しい寝息が聞こえてくる。
このまま、抱き合って眠ってしまうのも悪くないかもしれない。昔と変わらずに、くっついたまま、抱き合ったままで。
なるべく晋助を起こさないように静かにコートを脱いで、わしは晋助の布団の中へ身体を潜り込ませた。
***
「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!」
絶叫で目が覚めると、着ながしをはだけさせたまま、口をぱくぱくさせている晋助の姿が目に入った。
「お、お前っ、なんでこんなとこにっ!!」
ちゃんと目が覚めたらしい晋助が小刻みに震えていた。
「晋に会いたかったんじゃ。会いたいと思ったら、いてもたってもいられんようになってしまったんじゃ」
「…ふざけんな」
正直に応えたのに、晋助の口から出てきたのは怒りの言葉。
「勝手にいなくなったくせに、…ふざけんじゃねェ!!」
晋助の拳が左の頬に炸裂した。
怒られても、殴られても仕方がないだけのことを、自分はしてきたのだと思い知った。
「晋…」
殴られてもいい、怒られてもいい。それでも、自分は晋助に会いたかった。それだけは真実だ。
「晋」
怒りからか、静かに震える晋助に恐る恐る近づいて抱き寄せて、腕の中にすっぽりと収めると、あの頃と変わらないようで。
「晋、わしは今でもおまんを愛しちゅう」
「…るせェ」
「晋が好きじゃ」
「るせェっ!!」
「なんでこんなに離れとったんじゃろう」
「少し黙れっ!」
晋助の腕が背中にまわって、ぎゅっとしがみついてきた。
このまま、宇宙まで晋助を攫っていってしまいたい衝動にかられる。
「晋」
そっと、右手で晋助の頬を掴んでその唇にちゅと軽い口づけを落とした。
抵抗がないということは、どういうことだろうか。ぎゅっと目を閉じたままの晋助に、今度は深く長い口づけを貪るように。
「ぁっ…ふっ」
キスだけで晋助の息づかいがだんだん荒くなる。こんなところまで、昔と変わらないままで。
「晋、愛しとる」
息が続かなくなって、ようやく唇は離したが顔は近づけたそのままで、正直な思いを告げた。
「馬鹿野郎…」
見上げた晋助の瞳の端で光るモノがある。ああ、それだけで、会いに来て良かったと思う。
02.
いくら頑張ってみても、かなわないのだと思った。
『晋』と、あの人を呼ぶことを許されたのは、いまでもたった1人だけで。
こんなにも近くにいる自分は『晋助』と呼ぶことが精一杯で。
そのくせ本人に向かって『高杉』と呼んでやると『やめろ』と笑われた。
だから、銃声を聞きつけて飛び出した隠れ家の前で、また子に銃口を向けられている長身の男が彼なのだと、すぐにわかったのだ。
晋助が、夜になると欠かさず空を見上げる理由を自分は知っている。
戦争中にいなくなった大事な人が、いるはずの空を、ただ、黙って見つめている。
そんな時の晋助を、いくら想ってみても、心はここにはないし、自分には決して向けられることはない。
全くもって、面白くないことばかりだ。
その、晋助の想い人がとうとうここに現れた。
このまま、晋助を連れ去ってしまいはしないだろうかと、晋助も、自分達を置いて行ってしまうのではないかと、心に浮かぶのは不安だけで。
全くもって面白くない。
あいつは、いつまでここにいるつもりなんだろうか。
03.
「晋〜、せっかくこんないい天気なんじゃ、出かけよう〜」
「馬鹿かてめェは!俺は堂々と出歩けねぇんだよ」
「晋〜、じゃあ、しよ」
「ふざけんなっ!」
全く変わらない、コイツは間違いなく坂本だ、と思った。何を思っていきなり訪ねてきたのかは知らないが、うっとおしいくらいにまとわりついてくるモジャモジャの長身。
奴が現れてもう3日になる。その間、俺達にしては珍しいことに、一度も身体を繋げてはいなかった。俺が拒否するからだけど。
あの頃は、毎日毎晩のように身体を重ねていたというのに、なぜだかそんな気分にはなれなくて。
正直、1日たりとも忘れたことなんてなかった。
何も告げずにいきなりいなくなったお前。だけど、お前が戦場を離れるんじゃないかという予感はずっとあって。
引き留めることも、一緒に行くことも、俺にはできなかったから。
「晋」
黙って煙管をふかしていると、また名前を呼ばれた。
「晋、愛しちゅう」
「うるせェ」
俺もだと、言ってしまえたら、どんなに楽になるんだろうか。
思うより先に言葉を紡ぐこの口が憎らしい。
「晋」
無視していたら後ろからぎゅうっと抱きしめられた。
「晋、わしは明日帰ろうかと思っちゅう」
ドキリっと胸が反応した。
「晋に会いたくて会いたくて、誰にも何も言わずに出てきてしまったんじゃ。そろそろ戻らんと」
もう、あの頃の自分達じゃないのだと、お互いがお互いだけが全てだったあの頃の2人ではないのだとわかった。
事実、今では自分にも新しい仲間がいる。
「辰馬」
煙管を置いて辰馬に向き直った。
すぐに、抱きしめられた体制のまま、唇が重ねられる。
「お前なんかもう好きじゃねェ。だから、どこにでも勝手に行きやがれ」
「晋」
坂本がちょっと泣きそうな顔で俺を見つめていた。
「だったら、どうしてそんなに、苦しそうなんじゃ?」
「んなことねぇ!」
見透かされてる、と思った。昔からコイツはそうだった。いくら憎まれ口を叩いても、いくら突き放しても全部バレてしまうんだ。
「わかってんなら、さっさと抱け」
「晋…、いいがか?」
「駄目なら言わねェ」
抱きしめられ、唇が重なったまま押し倒される。
「晋、わし3日もお預けだったんじゃ、ちょっとやそっとじゃ収まらんよ」
「ハッ、お前が1回で終わったことなんかあったかよ」
「それもそうじゃ」
首筋に唇を押しつけられるだけで身体がビクンと反応する。
「相変わらず首が弱いんじゃの」
「る…るせっ」
「特に左」
「んァっ…やっ…」
辰馬の愛撫はいつも優しくて、時々乱暴で翻弄されすぎる。
「んっ…た、…たつまァ」
「晋…晋…」
コイツは俺のイイところなんて知り尽くしているから、もう何も考えられなくなる。この、与え続けられる快楽に溺れてしまう。
辰馬が宇宙に旅立った前の晩以来だった。
04.
晋助がまだ寝ている間に起き出して、身支度を整えた。
もしも、「行くな」なんて言われてしまったら、本当にこのままずっと、離れられなくなりそうだったから。
「晋…愛しちゅう」
サラサラの髪の毛をそっと撫でて、額にちゅっと口づけた。
「また来るきに」
誰に言うとでもなく呟いて、晋助の部屋を後にした。
「坂本殿」
屋敷を出ようとしたら、万斉に呼び止められた。この男や、先日のまた子という女の子が、どれだけ晋助を大事に思っているか、それはこの4日間でよくわかった。
「帰るのでござるか?」
「晋を頼むきに」
それだけ告げて、さっさとターミナルへ向かおうとした。ただ、万斉の一言が足を止めさせた。
「晋助からの伝言でござる」
ふぅと息を吐いて万斉は続けた。
「見送りになんて絶対ェ行ってやんねェからな!いつでも帰ってこい、馬鹿野郎!…でござる」
ふっと、肩の力が抜けるのがわかった。あまりに晋助らしいと言えば晋助らしい。おかしすぎて涙が出る。
「…またすぐ、会いに来るきに」
素直になれない晋助の、精一杯の言葉。しっかり受け取った。そんな、素直じゃない晋助が好きだった。誰よりも、誰よりも。
コートの裾を翻し、清々しい程の穏やかな気持ちで、坂本はターミナルへの道を、歩いて雑踏の中へ消えて行った。
END
反省文
唐突に書きたくなった坂高再会で、ちょい坂高←万(また)話、ごめんなさい!なにもかも中途半端でごめんなさい!グダグダでごめんなさい!
しかも片思いどこまで好きやねん、みたいな。万斉ごめんね!!万斉も好きなんだよ!!また子も好きなんだよ!武市も似蔵も出したかったですっ(涙)
とりあえず、「こうして辰馬は、ちょくちょく地球の晋ちゃんを訪れるようになりました」的な話。
高階の中では、辰馬は晋ちゃんには何も言わないで突然宇宙に行ってしまったと思います。なんて言ったらいいかわかんなくて。でも、晋ちゃんはなんとなくわかっちゃうんです。だって好きな人のことだもの!!
ところで、元ネタ「I LOVE CAT」ですが、Zi:Killなんですけど…誰も知りませんよね、ハイ、すいません。
知ってる方は相当のヴィジュアル系好きかと(←お友達になって欲しいです)
「I LOVE YOU」とか「SUICIDE」(これは悲恋の場合)とか「I 4 u」なんかも激しく坂高SONGなんですけど…誰も知りませんね、はい(笑)
高階が持ってる解散の時に出たベスト版で'95年ですからね(汗)
最近CFのCDと共に発掘されて、懐かしさのあまり聴きまくってます。
ひっさびさの(おい)原作ベースな坂高妄想でした。
('06.12.02)
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