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ふっと夜中に目が覚めて。一瞬、ここはどこなんだろうって思った。

Catananche


薄暗い中、知らない天井。左を見て、右を向いた時、俺は一瞬心臓が止まるかと思って。そして、全てを理解した。

今、俺の隣で静かに寝息をたてているのは、ずっと遠くから見ていることしかできなかった坂本先生。好き勝手、いろんな方向に跳ねたくせっ毛がふわふわしていて、こっそり手を伸ばして触ってみたけど気持ち良くて。

哀しいけれど、レイプされたのは初めてじゃなかったんだ、俺は。
4人がかりで無茶苦茶にされたのは、さすがに初めてだけど。だから、そんなに凄く、ショックで死にてェとか、やられたこと自体に対してはあんまりなくて。

だけど、その後のぐちゃぐちゃになってるところを、大好きな坂本先生に見られてしまった時は、本当に死にたいと思って。でも、おかげで今、こうやって先生の隣で眠っていたわけで。
先生のベッドで、先生の隣で寝れることなんて、きっともう2度とないんだろうなと考えたら、嬉しい半面、なんだか哀しくなってきて、泣けてきた。

だから、ごめんね先生。最後の思い出にするからさ。
ようやく少しずつ動くようになってきている身体。腕で上体を支えた俺は、寝ている先生の唇にそっと自分の唇を押し付けた。
フレンチキス1回だけのつもりだったのに、1回しちゃったらなんだか箍(たが)が外れちまったみたいで。

「せんせ、好き、好き、好き…」

譫言みたいに繰り返しながら、俺は何回も何回も、坂本先生にキスを浴びせていた。

ピクっと、眠っていた先生の眉が一瞬動く。あ、さすがに起こしてしまったかな、ヤバイ!と思って離れようとした瞬間、俺の背中と頭の後ろに太い腕が回されて俺は逃げられなくなった。

「んっ…んん…」

貧るように、俺の唇を割って入ってくる先生の熱い舌。呼吸は苦しいし、心臓はバクバクいってるし。ああ、もう俺このまま死ぬかもしれねェって感じた時、ごろんと俺を抱いたまま先生が転がって、上と下が逆になった。
なんか、先生に押し倒されてるような格好だ。
「先生、俺、オトコだよ?」

寝ぼけてそんなことをされたんだったら、嫌だなって思った。だって先生、こんなにカッコイイんだから、彼女の1人や2人くらい、いたっておかしくないと思う。
「そういうわしも、男なんじゃけど、高杉」
先生は寝ぼけてなんかいないみたいで、ちゃんと俺だって、わかっててくれてるみたいで。

「ごめんなさい…。やっぱり、気持ち悪かった…?」
せっかく助けてもらって、泊めてまでくれてたってのに、俺は恩を仇で返してしまったかもしれない。

「高杉、おんし…」
坂本先生が言葉を濁してる。何を聞かれるのかは、だいたいわかっていたけれど、自分からなんて言えなくて。俺は先生に、最後通告を突き付けられるのを、ただ黙って待っていることしかできなかった。

「おんし、男、好きなんか?」
俺の目を真っ直ぐ見て、とうとうその言葉を口にした坂本先生。俺は、耐えられなくなって両手で顔を覆ったまま、1回だけ頷いた。
「泣かんでえいから」
ベッドの上に胡座をかいた坂本先生が俺の身体を抱き起こしてくれる。

「やっぱ、気持ち悪い?」
先生の顔を見れないまんま、俺は涙混じりの声でそう尋ねていた。男のくせに男が好きだなんて。正直、女には全然興味がないなんて。
「あんなァ、高杉」
くいっと、先生に顎を掴まれて上を向かされた。涙で滲んだ視界の中いっぱいに、先生の顔がある。

「気持ち悪いなんて思っちょったら、こんなことせんじゃろ」
だんだん近づいてくる先生の顔。さっきみたいに、深く唇を重ねられて、俺はパニックに陥った。
舌で歯列をなぞられて、舌を掬い取られて強く吸われたかと思ったら、一瞬離れて上唇と下唇を甘噛みされてまた、舌を絡められる。これが大人のキスってやつなんだって、今までのやつらとは全然違っていて、俺はあまりの気持ち良さに、先生のTシャツを掴んでいた指から力が抜けて。

「…ああ、何もせんからって、昨日宣言したところじゃったのにのう」
左腕だけで俺を支えた先生が、ガシガシ頭を掻いている。
「せ、先生って、もしかして…っ!」
俺は、両手で先生のTシャツの裾を掴んで迫っていた。そして、先生の下着の中心が見事に盛り上がっていることに気付いてしまう。もしかして、今の、俺とのキスで、先生勃起してる…?
もしもそれが事実なんだとしたら。こんなことって夢かもしれない。こんな都合のいい話、あるわけない。
いきなり頬っぺたを抓(つね)り始めた俺に先生はビックリした顔をしていた。
「何やっちょるんじゃ?」
ちゃんと痛い。だけどきっと夢だ、こんなの。

「…高杉にも言わせたんじゃから、わしも言うけどの。わしも、どっちかって言うと、男が好きなんじゃよ」
どっちかって言うとって、どういうことだ?先生って、バイセクシャルってやつ?

「正確に言うと、わしは女でも勃つことは勃つんじゃが…、かなり限られる」
ある程度の長身でボーイッシュで細身じゃないと無理なんて。先生は大真面目な顔で俺に話してくれた。

「さ、さ、坂本先生っ!」
言ってしまうのは今しかないと思った。昨日からずっと、喉まで出かかって、だけど言えずにいた言葉。そう、しかも、今なら昨日とは違う言葉が使える。

「俺は、俺は先生を好きで、いいの?」
俺の視線を正面からしっかり受け止めて。だけど先生はちょっと、苦しそうな表情を浮かべていて。

「でもの、高杉。わしは教師で、おんしは教え子なんじゃよ」
先生が言ってることは、当然のことだって、当たり前のことだって、わかってるんだけど。
「…やっぱ、駄目?…俺が、生徒だから?じゃあ、俺が学校辞めたら、生徒じゃなくなるよね?」
「何を言っとるんじゃ!」

先生の拳が俺の頭をコツンと叩いた。俺は本気だったのに。なんだか、すっごく頑張って頑張ってここまで話したのに、結局拒絶されたみたいで。こんなんだったらいっそ、気持ち悪いから無理とか、男同士なんて無理とか言われた方がマシだったんじゃないかとか思って。俺は我慢できなくなって両手で顔を覆って泣いてしまった。
先生は、当たり前のことを言っただけなのに、俺がこんなに泣いたら困るだろうなとか考えたけど、涙は治まらなかった。

「高杉、泣かんといて」
「だって、…だって」

俺、まだ先生と付き合いたいとか、そんなこと言ってないのに。ただ、好きでいい?って聞いただけなのに。駄目だって言われたって、好きなものは好きだし、無意識に目で追ってしまうのはきっと止められないし。そんなことすら、駄目って言われたら、俺はどうすればいい?

「あと10ヵ月じゃったのにのぅ…」
溜め息をつきながら呟いた先生の言葉の意味がわからなかった。

「高杉、顔上げぇ」
ぐしゃぐしゃ泣いたまま、俺は背の高い先生の顔を見上げた。
「わしと、付き合うんじゃったら、条件つきじゃよ?」

へ?今、先生、何て言った?誰と、誰が付き合うって?
俺の疑問なんか置き去りにして、先生は話を進めて行く。ビックリしすぎて、疑問を口に出せてない俺も悪いのだけれど。
「まず、わしらの関係はみんなには内緒じゃから、学校ではイチャイチャできんぜよ?」
もちろん、一緒に学校から帰ったりするのも無理だし、今まで通り学校では自分は苗字で呼ぶからと、先生は言う。

「それから」
今日一番、先生が真剣な表情で語ったこと。
「わし、ネコはできんから。タチじゃから」
「…は、はァ?」

よりにもよって、一番真剣な顔で『タチじゃから』って。一体何のカミングアウトですか先生っ!
「い、いや、俺、ネコ寄りのリバだから、問題ない…って、そうじゃなくてっ!」
先生!って、俺がデカイ声で先生の言葉を遮ったものだから、先生はちょっと驚いていた。

「先生は、俺のことなんか、好きじゃないんじゃないの?」

俺は先生が好きだってハッキリ言ったけど。だけど俺は、先生の口から、俺をどう思っているかなんて一言も聞いていない。そんないきなり、付き合うとか付き合わないとかの話じゃなくて、先生が俺を、どう思ってるかの方が、よっぽど気になるし先に聞かせてほしい。俺のこと、好きでもなんでもない人となんて、付き合えない。
第一、俺の担任でもない先生は、俺のことなんてあんまり知らないんじゃないの?いや、担任の銀八が、自分の生徒のことをちゃんと把握してるのかって言ったら、それはまた別問題だけど。

「好きにならんように、しちょったんじゃ」
自分は教師だし、生徒に手を出すわけにはいかないと。

「じゃけど、そんな、泣きながら好きなんて言われたら、もう我慢できんぜよ」
「坂本せんせ…」
あー、わし陸奥に10万じゃぁ、ボーナスがぁっ!って、ワケわかんないことを言いながら頭を抱えた坂本先生の分厚い胸板に俺は遠慮なく抱き着いた。本当に俺なんかと付き合ってくれるのかなって、まだ全然、信じられずにいる。

「先生と、陸奥先生って、どういう関係?」
「んー?陸奥かァ?」

10代からの腐れ縁、と先生は答えた。進学した大学は一緒、就職先まで一緒。ついでに言うと、銀八も大学から一緒、と。

「ちっくと、待っときィ」
一旦、寝室から出て行った先生は、1枚の紙を持ってまたすぐ戻ってきた。
「見てみィ」
「何コレ?」

それは、1年の時の、俺達の学年の名簿だった。所々、にマル印がついていて、AとかBとか書き込みがされている。自分の名前を探そうと思ったけれど、探すまでもなくすぐに見つかった。それは、俺の名前だけ、ピンクの蛍光ペンで線が引かれ、ハッキリ『Sランク』と名前の横に書いてあったからだった。

「この、Sランクって、なに?」
しかも、ここに書かれている筆跡は、坂本先生のものじゃないと思う。
「陸奥が作った、わしが手ェ出してまいそうな生徒のリストじゃ」
長い付き合いだけあって、陸奥は自分の好みのタイプをよく知っているのだと先生は話した。

「わしが、3年間誰にも手を出さずに我慢できたら、陸奥から5万じゃったのに」
ランク付けは、要するに危険度を表すらしい。だからBなら3万、Aなら5万。そして、Sが10万。陸奥先生と賭けたらしい。
だけど、Sって文字はどこをどう探しても俺の名前の横にしか書かれてなくて。俺と身長や体型が一緒くらいの、例えばうちのクラスの沖田や山崎なんかはAだった。
「先生、これって、つまりさァ」
俺が一番、先生の好みのタイプにハマってるって、俺は思っちゃっていいの?
「んー。今だから言うけどのー」
高校受験に来た時から見てたと。入学式で見つけた時はどれだけ嬉しかったかと。ただし、手を出さない自信がなかったから、好きにならずにいられる自信がなかったから、担任にならなくて良かったと思ったのだと先生は話してくれた。

「せんせ、もしかして」
俺がずっと、先生を見てるってことに、先生が気付いてたのは、先生も俺を見てたから?
「うん、まぁ、そうじゃの」
毎日のように、遅刻してくる俺を、職員室の窓からいつも見ていたと、先生が白状した。

「ま、毎日じゃねェよ!」
たまには間に合うっつうの!!

「晋助」
いきなり先生に、下の名前で呼ばれて身体がかあっと熱くなった。
「せんせ、俺、死ぬ」
「は?何言って…」
「幸せすぎて、絶対明日死ぬ!」
「っーたく」
先生が俺の身体を抱きしめてくれた。

「そこまで言うなら、浮気したら許さんからの」
「そっちこそ」

俺が言い返している間に、先生はゆっくり俺を押し倒して、また唇を重ねてきて。もう、先生にキスされて、身体触られて感じてるってこと、隠さなくていいんだと思ったら、こっちも少し大胆になってきた。先生の股間に手を伸ばしたら、すっげ、俺のよりも、遥かにデカいモノがギンギンに硬くなっていた。

「うわ、すっげ…。先生ホントに日本人かよ?」
「コラ!えっちはちゃんと身体治してからじゃ」

そのうち収まるからって先生は言いながら俺の隣に横になるんだけど、俺がずっと触ってたら収まるモンも収まらないって感じで。

「せんせ、してあげようか?」
「んー、手でいいぜよ」
俺は起き上がって、先生の下着を膝まで降ろして、熱く勃ち上がったものを喜んで口の中に含んだ。

「じゃから、手でえいって!」
「俺がしたいんだからいいんだよ!」
照れてるのか恥ずかしいのか、俺に気を遣ってくれてるのかはわかんなかったけど。俺は先生がちゃんとイクまで必死で舐めて、先生が出したモノは全部キレイに飲み干してやった。大好きな先生のものだから、全然平気だった。

「晋助、身体治ったら3倍返し、しちゃるからの」
俺の身体を抱っこしたままベッドに転がった先生の腕枕で。だったらそれまで俺はオナニーしない!なんて言いながら、俺は幸せな眠りの中に落ちて行った。

***

事情が事情だけに、俺は暫く学校に行かなくてもいいことになっているらしい。
なんなら、専門のカウンセラーをつけると言ってくれたのは理事長だとか。だけど俺が『坂本先生が話聞いてくれるからカウンセラーは要らない』って断って。

あの4人の卒業生達には、器物損壊以外に、もれなく俺に対する傷害容疑が追加されたそうで、ウチの親のところには、学校から普通の親がそれなりに納得する説明が成されたらしい。性暴力のあたりは、上手くぼかして。
おかげで辰馬は、事件の翌日から2日間、俺のために学校を休んでくれることになった。2日休んだら、週末になるから、俺は4日間は辰馬を独占できるってわけ。

ただし、理事長以下普通の先生達は『坂本先生が第一発見者であって、俺が、せめて傷が治るまで、第一発見者の坂本先生と、その場に居合わせた銀八以外には会いたくない、見られたくないと言い張っているからだ』という風に伝わっていて、これは辰馬のアイディアだ。
俺が辰馬の部屋に暫く居座ることになった本当の理由を知っているのは、今、俺の見舞いに託(かこつ)けて来ている銀八と、陸奥先生の2人だけ。

「まいど」
大阪の商人みたいな言い方で、陸奥先生は辰馬から受け取った封筒の中身の万券を数え終えた。
「おんしら2人共、ほんに馬鹿じゃのう」

おかげで儲かった、とソファで笑う陸奥先生。床の座布団に胡座で座った辰馬の太腿を枕代わりにして、リビングのカーペットの上に転がっていた俺には、陸奥先生が言った『2人』の意味がわからなかった。

「ちょっとちょっとォ!俺のことは今はいいでしょー!」
プリプリ怒りながら、1人ダイニングでケーキを頬張る銀八。それ、俺の見舞いって理由つけて、自分が食べたかっただけなんだろうな。
「銀八も、誰かと付き合ってんの?」
「それは内緒。じゃけど、晋のクラスの子」
「辰馬ァ、お前、秘密は秘密なんだからねっ!」

口許に生クリームをつけたまんま、銀八が怒鳴っている。銀八も、実はゲイ寄りのバイだって辰馬に聞かされたのは今朝の話。
「っつうか銀八、辰馬は俺のなんだから、呼び捨てすんじゃねェ」
「あのなァ、高杉。何年も呼んでた呼び方を、急に変えられるわけないでしょ」
「でも、学校では『坂本』って呼んどるじゃろーが」

銀八の言い訳には陸奥先生が鋭く突っ込んで。
身体は、まだあちこち痛くて辛いけど。辰馬のおっきい手が顔を撫でてくれるだけで、幸せだからそれでいいやって思った。


END



タイトルCatananche(カタナンケ)は、またまた花の名前。古代ギリシアの婦人は媚薬に使ったそうな。花ことばは『揺れる心』






















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